建築家 市居 博 (自邸)
高気密・高断熱の住宅が「健康住宅」として喧伝されている今日だが、古来より日本には自然と調和した伝統的で健康的な家屋が存在していた。
21世紀を目前にして、西洋文明の価値観、洋風文化が限界を迎え、いま再び「和の文化」の継承に注目が集まっているが、その理念を汲み、全く新しいアプローチで伝統を受け継いだ家を兵庫県の建築家が建てた。
JR芦屋駅近くに建つ「シーダ・
バーン」は、建築家・市居博氏の自 邸でありアトリエでもある。
ふんだんに木を使った素朴な外観は、初め て見る者にも不思議な懐かしさとあ たたかみを与えてくれる。
よく観てみると、三階建ての邸宅には外周部 に一八・角の通し柱が屋根まで通り、一定間隔で胴差と貫が突き通されて いる。
昭和30年にはまだ各地で見ら
れた「貫構法」である。
木造三階建て延べ床面積109平方。
一階が応接室兼アトリエ。
大きな火
鉢が鎮座しており、土間形式の空間 で土足のまま入る事が出来る。
二階 が居間、台所、食堂など生活活動の主空間、三階が寝室、子供部屋など の居住区という構成。
昨年末に着工し、5月に完成。
家族と共に暮し一
夏が過ぎた。
もちろん市居氏の設計 である。
家の中は、常に開口部から入る光と風が満ち、建坪以上の開放感を感じられる。
窓が多いからであろう。
計七十ヶ所以上の窓が、北側と南側 の風抜けを計算した上で建て付けら れ、夏もほとんどエアコン無しで過 ごせる涼しさだ。
通常、これだけ窓を多くしてしま うとどうしても壁面耐力が弱くなり、 耐震性、耐久性に問題が出てきてし まうのだが、それを可能にしたのが 日本の伝統工法である「貫構法」で
ある。
「貫構法」による耐震住宅
本来、日本の建築文化には、斜材を使った工法は存在しない。
最古の
法隆寺はもちろん、釣鐘堂や能舞台、清水寺の舞台の足継ぎ、神社の社舎、 鳥居に至るまで、斜材を見つけるこ
とは出来ない。
地震の多い国に住みながら、先人達 は筋違いの効力を知らなかったのだ ろうか。
いやそうではない。
筋違い
の耐力壁による「剛の力」で地震と対峙するのではなく、貫と楔による 「柔構造」こそが日本の耐震文化だ からである。
筋違いによる耐力壁は確かに地震に は効力がある。
だが、限界を超えれ
ば繋ぎ目の部分にダメージが残る上に、補修も容易には出来ない。
阪神
大震災クラスの地震を想定して設計強度を上げれば、地震が来なかった場合、ただの過剰設計だし、かとい
って想定しないわけにも行かない。
古来より日本は地震大国として知られ人々は常に災害の危機のなか、英
知で被害をくぐり抜けてきた。
世界
最古の木造建築物を有するこの国で は、耐震構造も最先端の技術を伝統 工法として受け継いできている。
貫構造による耐震は、揺れに身を任 せるので、家自体は揺らぐ事もある が、揺れ応力を逃がすので倒壊はな く、地震後の構造材の補修も通し柱 と貫の接合部に打ち込んである楔 (くさび)を打ち直すことで、再び 「ゆるみ」を引き締めることが出来る。
激しい地震に力で対抗するのではなく、揺れに委せながら地面に根を張り決して倒壊しない。
この理念こ
そ、現代の超高層ビルなどにも受け継がれている高度耐震設計の真髄な のである。
そして自然と対決せず、
委ね共生するという東洋思想の根元 でもある。
「和」の文化、理念の継承を
市居氏がこの自宅兼アトリエのシ
ーダ・バーンを設計する際に最も重 視したのが、この東洋思想、日本古 来の理念を採り入れた自然の家であ った。
「和風というスタイルを継承する
のが和風の家ではない。
簡潔で直截
的で機能的、しかも経済的。
その理
念を自然な形で採り入れたものが日
本家屋であり、イコール健康住宅で もある」。
その言葉の通り、シーダ
・バーンには畳の部屋いわゆる和室 は無い。
古来の民家は全て板間であったこ とも理由のひとつではあるが、当時 の人々が、身近な素材である木で自 分の生活スタイルに合った家屋を追 求した結果が民家なのであり、そう云った意味を考えれば、現代の生活 様式に和の理念を採り入れた家が日 本家屋となるはずだ、との想いから だ。
>形式の継承ではなく、理念の継承。
そこが最大の特徴でもある。
その中で拘ったのが素材感を大切いすること。
主要材には地場の国産杉材を活用し、薫製乾燥によって性能を安定化。
茶室にヒントを得て、柱材、貫材、床材は柿渋で塗装。
極めて素朴な容
貌を演出する。
構造材、内装材、下地材を差別化せず、全て素材のまま の心地よさを求め、構造材が内装材であり、下地材でもある潔さが満ち ている。
床材には50mmの杉ムク板を採用しているが、それはそのまま下
階の天井材であり、極めてシンプルな構造となっている。
壁には鉋屑な
どをセメントで固めたモクセン板を採用し、土壁の調湿作用、保温作用 などの実現と、ランダムな木質繊維模様で寛ぎを醸し出す。
新しくてどこか懐かしい居場所
ここまで素朴で自然素材を活かす 家にしたのには様々な想いからであ
る。
このシーダ・バーンの南隣には
市居氏の実家が在る。
阪神大震災に
も耐えたその実家がやはり伝統的な 貫構造であったこともあるが、建築 家としての活動の場を拡げるため、 20年以上も京都市内のマンションに 家族で暮らしてきてそこから感じた 様々な想いから創られたのがシーダ ・バーンである。
気密性の高いコンクリートの枠の 中に住み、四季の無い生活の中で、 幼い頃に過ごした実家での暮らして いた頃への回帰の念が強まり、自然 を感じられる家、住んでいて心が豊 かになる家に様々な試みを込めて着 手した。
各階に設けられた窓は、2本の太 い貫によって天窓、中窓、地窓に分 けられ、広い開口部と耐震性を両立。
窓にはカーテンも網戸も無い。
一階の窓は紙障子と雨戸のみでガ ラスはなく、外気とは障子だけで区 切られている。
二階以上は磨硝子を 採用し、やはりカーテンなどはない。
大きく開け放たれた窓からは常に風 が通り抜け、虫なども自由に入り込 んでくる。
だから蚊取線香は欠かせ ない。
ちょと不便だが、愉しい家
「虫が入ってくる」と当初は驚い
ていた子供たちも今ではすっかり慣
れ親しみ、虫の声や風の音を感じて
和むことを覚えた。
その中からは虫
さえも排除する暮らしで健康に暮ら せるのかとの素朴な疑問も湧いてく る。
四季の自然を肌で感じ、虫の声 を聴いて豊かな情緒を育てられる家 こそが健康住宅ではないだろうか。
豊かな気持ちとは、そうした和みあ から生まれるものであり、その字の
ごとく「和」の理念でもある。
部屋を突き通る通し柱には、割れ
が入ったものもあるが、背割りをし
て割れを防ぐよりも、最も弱い部分
が繊維方向に割れるほうが自然だと、
かえって気持ちいいと語る。
「様々な生活様式の変遷を経て、
不便さや利便性を考えて、網戸、ア
ルミサッシ、エアコン、高気密・高
断熱などが登場し、普及してきた。
その流れを否定はしないし、それを求める人にはそれもひとつの選択だ
とは思う。
しかし自然と断絶してま
での快適より、夏には少しの暑さ、
冬には少しの寒さを感じる家のほう
が健康的だし、それを心地よいと思
える人も増えてきている」。
今後は、自分と同じように、多少
不便でも心地よく、自然で健康的な
家を求める生活者の方々に、同じ理
念の家を提供してゆきたいと語る。
共感できる工務店、加工場や素材メ
ーカーも募集中。
それらのネットワ
ークを通じて、坪60万円台での提供
を目標としている。
取材の日も、目前に迫った冬季に
向けて、一階土間の大きな火鉢の手
入れを行っていた。
気密性の高い家
では火鉢は無理ですからと笑う。
木
組みの家シーダ・バーンで過ごす初
めての冬。
あたたかい冬になりそう
だ。