ナンキョクブナ属の樹木
1.ナンキョクブナ属の概要
ナンキョクブナ属(
ヒメブナ属)
Nothofagusは通常
ブナ科
Fagaceaeに入れて扱われているが、最近この属のみで
ナンキョクブナ科
Nothofagaceaeとすることが行われている。この属は南半球でニューギニア、ニューブリテン、ニューカレドニア、オースト
ラリア東南部およびタスマニア、ニュージーランド、南米南部に40種足らずが分布している。英名で
southern beech、southern hemisphere beech、Antarctic beech、産地によって
New Guinea beech、Papua New Guinea beech、South American
beech、Chilean beech、独名で
Scheinbucheが使われることがある。現地名ではインドネシア(イリアン・ジャヤ)で
diri、チリで
coigue、coihue、coyan、roble、アルゼンチンで
coihue、roble、nireなどという。
高さ50mほどまでになる常緑または落葉のふつう中~大高木で、樹幹は円柱状で通直、ときに短い板根または突出部をもつが、高地・風衝地などで、低木状となるものもある。樹皮は粗で不規則な大きい鱗片状で剥げるものが多い。葉は互生する単葉で
、一般に小さいものが多く、全縁または鈍鋸歯をつけ、羽状脉をもち、下面に腺点がある。通常短い葉柄をもち、托葉は楯状について小さく脱落する。
単性花で雌雄同株、腋生の集散花序を出す。雄花序は小枝上で雌花序より下方につき、雄花は単出または3個が束出、無柄ないし短い花柄または小花柄があり、花被は初め筒状で後に不規則に数個の裂片に破れる。雄ずいは8~40個あって挺出し、花糸の
基部は通常合着する。雌花は単出または3個が束出し総苞(殻斗)で囲まれる。無柄に近く、緑色、子房下位で扁平、通常狭い2翼または肩がある。花柱は短くその先端は2個の柱頭の腕になる。殻斗は2弁よりなり、1または数個の層から構成され、これら
の層は全縁、有歯または裂片化し、まれに痕跡的または欠如する。果実は1種子を含む堅果でふつう3個が一つの殻斗の中に入っている。卵形、扁平で裂開しない。先端に花柱基部が残存し嘴状をなす。子葉は薄く、重なってたたまり、脂肪貯蔵物をもつ。
芽生は地上発芽をする。
2.ナンキョクブナ属の系統
ナンキョクブナ属は上部自亜紀にさかのぼる花粉化石から、かつてゴンドワナ大陸に広く分布していたことが明らかにされ、その子孫がゴンドワナ大陸が分割してできた南半球の南米、オーストラリアなどに残存しているものと考えられている。すなわ
ち上記各地の温帯地域に多く、しばしば森林の優占種となり、また純林を作っている処もある。始め
ブナ科
Fagaceaeの
ブナ属
Fagusとして記載され、後に
Nothofagusにして分離されたが、形態から
ブナ属にきわめて近いものと考えられていた。しかし最近
の分子系統学の手法による解析から、
ブナ科より古い系統の植物で
カバノキ科
Betulaceaeにも近く、
ナンキョクブナ科
Nothofagaceaeとして独立させた方がよいと考えられるに至っている。
形態的に近似しているとされるブナ属との相違点のおもなものをあげると、ブナ属は、(1)北半球産、(2)落葉樹、(3)雄花序の柄が長く、多数の花からなる、(4)雌花序は2個の花からなり、総苞は多数の鱗片で構成される、(5)材に広放射組織
をもつなどであり、ナンキョクブナ属は、(1)南半球産、(2)落葉のものもあるが多くは常緑樹、(3)雄花序の柄は短く、1または3個の花からなる、(4)雌花序は1または3個の花からなり、総苞は鱗片で構成されていない、(5)材に広放射組織は現れ
ないなどである。
ナンキョクブナ属の中の区分についてはこれまでいくつかの提案がなされている。ここに最近のR.S.HILL and J.READ(1991)のおもに花粉形態に基づいた分類をあげる。
亜属
Subgen.Nothofagus 節
Sect.Nothofagus:Nothofagus dombeyi BLUMEなど
節
Sect.Pumiliae:Nothofagus pumilio KRASSER 亜属
Subgen.Fuscospora:Nothofagus solandri OERSTEDなど
亜属
Subgen.Lophozonia:Nothofagus cunninghamii OERSTEDなど
亜属
Subgen.Brassospora:Nothofagus grandis van STEENISなど
なお南米、オーストラリア、ニュージーランド産の種類の枝に、特殊な菌Cyttaria sp.が寄生して、ゴルフボール大で橙黄色のキノコを生じ、多汁で甘く食用とされる。また別の菌
Misodendron
sp.が南米産のものに寄生するが、他の地域産のものには現れない。
3.ナンキョクブナ属の材の組織
散孔材。まれに環孔材に近いものがある。辺・心材の区別はふつう明瞭で、辺材の黄白色、薄褐色から通常中間推移帯を経て、淡褐色、淡江褐色、黄褐色、褐色、紅褐色などの心材に変わる。生長輪は存在するがふつう不明瞭である。木理は通常通直、
ときに僅かに交走し、肌目は中位からやや精または精で均質である。ときに接線断面で波状もく(杢)が現れるものがある。材に特別な匂いや味はない。リップルマークは見られない。
道管は単独および放射方向に2~6個、ときに団塊状に13個までが接続する。分布数は著しく範囲が広く7~150mm2、まれに360/mm2までのものがある。単独道管の断面形は卵形、楕円形、長楕円形などで、道管の径は0.03~0.20mmを示すが、ふつう晩
材部で径がかなり小さくなる。せん孔板は水平ないし傾斜し、単せん孔をもつが、ときに晩材部生長輪界付近の小道管で階段せん孔を伴うものがある。接続道管の間の有縁壁孔はやや隙間がある交互配列を示すが、また対列状ないし階段状の傾向を現わす
ものがある。その径は0.006~0.010mmである。道管と枚射組織の間の半壁孔対または単壁孔対は放射組織辺縁の大型細胞が接する部分に発達し、横の楕円形から水平に伸びた線状長楕円形のものがあり、しばしば階段状配列をなす。種類により道管要素の
先端尾状部にらせん肥厚が現れるものが、まれにそれが道管節の全体に及ぶ種類がある。チロースはふつうよく発達する。種類によっては生長輪界に沿って仮道管をもつものがある。
材の基礎組織を形成するのは真正木繊維または不明瞭な有縁壁孔をもつ繊維状仮道管で、ときに少数の隔壁をもつものがある。長さは1.0~1.8mm、径は0.01~0.03mm、壁厚は0.003~0.005mmである。
軸方向柔組織はきわめて少なく、道管周辺の随伴型のものは不顕著で、基礎組織中の単独の柔細胞とともに散在的である。ふつうターミナル柔組織が放射方向に1~4細胞層で現れ、ときに不完全で0、または10細胞層までのこともあって、かなり不規則
である。多いものは40個ほどまでの結晶を鎖状に連ねて含む多室結晶細胞が存在するものがある。柔細胞の径は0.01~0.04mm、壁厚は0.001~0.002mmほどである。
放射組織は1~2、ときに3細胞幅で、1~60細胞高ほどまであるが、多くは25細胞高までである。その構成は異性で、単列のものおよび多列のものの軸方向端部ときに多列部の中間にもある単列部の1~5層は丈の低い直立細胞、方形細胞またはこれらとほ
ぼ同高の丈の高い大型の平伏細胞の層からなり、他は丈が低い小型の平伏細胞の層で構成される。細胞内には着色した含有物が多く含まれ、種類によってはシリカをもつものがある。
4.ナンキョクブナ属の材の性質と利用
材の気乾比重に0.47~1.02にわたる広い範囲の記載があり、樹種、地域、樹齢によって異なるが、0.55~0.75程度に多くのものが入る。0.85以上を示すものは特殊な材あるいは限定された樹種のものである。材質数値で樹種が明らかなものはそれ
ぞれの項に記すが、代表的としてあげられている次の例がある。生材から含水率12%までの収縮率は接線方向8.4%、放射方向3.7%でかなり大きい。含水率12%での強度数値は、縦圧縮強さ704kg/cm2、曲げ強さ1,301kg/cm2、曲げヤング係数19.5×10(4)
・kg/cm2、せん断強さ112~189kg/cm2、ヤンカ硬さは放射断面で631kgである。
製材は困難ではないが、乾燥による品質低下を考慮するとまさ目挽きにすることが望ましいとされる。天然乾燥、人工乾燥ともに困難で、乾燥は遅く、また表面割れ、木口割れ、カップ、捩れ、コラップス、内部割れなどの各種の損傷が出やすい。各種
の切削加工はおおよそ良好で、ふつう良い仕上げ面が得られる。接着、塗装はおおよそ普通であるが、ときに問題があることもある。釘打ちには前穿孔が必要とされる。蒸し出げ加工は結果が良い。ロータリーおよびスライス単板切削は一応可能であるが
、単板乾燥と接着に問題があることがある。心材の耐朽性、昆虫・白蟻に対する抵抗性は種類によって違いがあるが、概括的にはやや耐朽性、耐虫抵抗性があるものが多いといえよう。辺材はヒキタキクイムシの食害を受ける。防腐薬剤による注入処理は
心材では困難ないしきわめて困難なことが多く、辺材では良好ないしやや抵抗がある程度と思われる。
材は地域によって重要な供給源となっており、広く各方面に用いられる。また輸出が行われている処もある。用途をあげると、重構造物、建築構造材、フローリング・パネル・窓枠・ドアー・階段などを含む建築内装・造作材、家具、キャビネット、工
具の柄などの器具材、枕木・柵柱・橋梁の敷板などを含む土木材、車両、船舶、箱と梱包材、旋削物その他があり、また燃材としても多く用いられる。小径木はシイタケ栽培のほだ(榾)木に用いられることがある。樹は行道樹、庭園樹に植栽されるもの
がある。
5.Nothofagus moorei KRASSERの概要
Nothofagus moorei KRASSER(異名
Fagus moorei F.MUELLER)はオーストラリアのニューサウスウェールズ東部、クィーンズランド東南部に生じ、英名を
negro-head beech、nigger-head beech、Antarctic beechという。
高さ45mまで、直径1.5mまでになる常緑大高木である。一般に樹形は悪く、屈曲したり傾斜したりしている。根元はしばしば多数の不定芽シュートの発生で肥大し、元株のまわりに数本の副生株が見られる。樹皮は厚く紅褐色から暗褐色を呈し、鱗片状と
なる。若枝には褐色の軟毛を被むる。葉は小枝に2列につき、卵形、卵状皮針形で長さ2.5~7.5cm、幅1.8~4cm、鋭頭、基部は広い楔形を示す。質は厚く、細かい鋭鋸歯があり、側脉は9~15対あって明瞭である。中肋を除いて両面無毛、葉柄は有毛で、托
葉はきわめて狭く長さ8~12mmで脱落性である。
雄花は単出し、径約10mmの球形ないしやや扁平な形になり、花被は8~12裂片ある盃状で、その中に15個または32個までの長さ3~4mmの雄ずいをもつ。雌花は3個ずつが卵形で長さ5mmの総苞の中にあり、総苞は多数の小い裂片からなっている。長さが約8
mmで4個の有刺の裂片からなる殻斗の中に3個ずつの堅果が入っている。外側の2個の堅果は3個の翼をつけ、中央の堅果は扁平である。
6.Nothofagus moorei KRASSERの材の組織、性質と利用
散孔材。辺・心材の区別はふつう明瞭で、辺材は薄紅褐色などで幅4cmまであり、心材は淡紅褐色から紅褐色を呈する。生長輪は不明瞭である。木理はふつう通直、肌目は精で均質である。
道管は単独および2~4個がおもに放射方向ときに接線方向、まれに団魂状に接続し、分布数は80/mm2ほどである。単独道管の断面形は楕円形などで、道管の径0.03~0.11mmを示す。せん孔板は水平ないし傾斜し、単せん孔をもつ。道管と放射組織の辺縁
の大型細胞との間の半縁壁孔対または単壁孔対は横の楕円形ないし長方形を呈し、階段状などに配列する。らせん肥厚が道管要素の尾状部のみでなく全体的に現れる。チロースが見られる。
材の基礎組織を形成する真正木繊維または繊維状仮道管は隔壁が認められない。その径は0.01~0.02mm、壁厚は0.004~0.005mmである。
軸方向柔組織は少なく、単独で散在する柔細抱と、放射方向におおむね1、ときに2細胞幅または部分的に欠如する不規則、不顕著なターミナル柔組織とがある。柔細胞の径は0.01~0.035mm、壁厚は0.001~0.002mmほどである。
放射組織は1~2ときに3細胞幅で、2~25細胞高を示す。構成はほぼ異性で、単列のものおよび多列のものの軸方向両端のおもに1層の単列部は多くは、方形細胞またはこれとほぼ同高の大型の平伏細胞の層、他は通常の小型の平伏細胞の層である。細胞
中には着色した内容物を多く含んでいる。
材の気乾比重は0.77、生材から気乾までの収縮率は接線方向約7%、放射方向約3%、縦圧縮強さ640kg/cm2、曲げ強さ1,270kg/cm2、曲げヤング係数16.3×10(4)・kg/cm2、ヤンカ硬さ772kgの記載がある。
製材は普通、乾燥は遅くコラップスがやや出やすい。切削加工は材が硬いがほぼ良好である。釘着、接着は注意を要するとされるが、オーストラリアではタンニン接着剤で良い接着の結果が得られている。合板の製造にはあまり適当でない。心材は長期
間の耐朽性はない。辺材はヒラタキクイムシの食害を受ける。
一般構造物、建築構造材、フローリング・パネルを含む建築内装・造作材、家具、ボートの甲板、各種の器具、旋削物その他に用いられる。