イトスギ属の樹木(その3)
12.イトスギの概要と材その他の利用
イトスギ(ホソイトスギ、ホソバイトスギ、イタリアイトスギ、セイヨウイトスギ、セイヨウヒノキ、センペルクプレスス)
Cupressus sempervirens LINNAEUS(異名
Cupressus sempervirens LINNAEUS forma
sempervirens)は元来クレータ、キプロス、小アジアから、イランに至る地中海地域とアジア西部に自生していたものであるが、古くからギリシャ、イタリアなどに導入され、今では世界中で広く庭園などに植栽されている。わが国へは明治中期に渡来し
た。
英名は
cypress、common cypress、Mediterranean cypress、European cypress、common European cypress、Italian cypress、Roman cypress、common evergreen cypress、独名は
Zypresse、gemeine Zypresse、echte Zypresse、immer grunnende
Zypresse、Mittermeer-Zypresse、仏名は
cypres、cypres communという。
高さ30mまたは以上までになる常緑高木で、樹幹は通直、枝は水平に開出または上向し、樹冠は円錐形ときに円柱形となる。通常樹の頂部が尖がっているが、高齢木では樹冠が広がり平頂に近くなるまでのものがある。樹皮は薄く、淡紅褐色または淡褐
色で平滑であるが、高齢木では割れ目ができる。鱗状葉をつける小枝は1平面上にはなく、断面は円形ときにやや4稜形、径は1mmである。鱗状葉は小枝に密に重なって4列につき、菱形や広卵形で小さく、やや鋭頭で先端は鈍く、ふつう鈍い暗緑色を呈する
。脊側に縦構がある。つぶして匂いは少いかまたは無い。
雄花は長楕円形などで長さ4~8mmである。球果は短柄があって群着し、球形ないし楕円形、長さ2~4cm、第2年目に熟して暗褐色から灰褐色となる。種鱗は8~14個(4~7対)あって、楯形の上面は不斉に角ばり、やや凸面をなすか僅かに凹み、中央に
刺端の小い突起をもつ。各種鱗に種子が8~20個つき、卵形または長楕円形で長さ3~6mm、両側に狭い翼をもつ。樹脂質の腺瘤はない。
心材は淡褐色を呈する。生長輪は通常明瞭ときに不明瞭である。木理は通直、肌目は精、均質で芳香がある。材の組織では樹脂細胞は一般に少く、また現れないものがある。材の気乾比重に0.48~0.62の記載がある。製材、乾燥、切削などの加工は容易
であり、心材の耐朽性は高い。建築、家具、器具、車両、船舶、土木材、棺その他に用いられる。楽器材ではチェンバロ、バージアルに使われてきた。ブラジル、フランス、ユーゴスラビアなどで、少量であるが枝葉、球果から精油が抽出され香料などに
用いられる。
13.イトスギの品種、栽培品種と変種
イトスギの品種に次のものがある。
ニオイイトヒバCupressus sempervirens LINNAEUS forma horizontalis VOSS(異名
Cupressus horizontalis MILLER、Cupressus sempervirens LINNAEUS var.horizontalis AITON、Cupressus mas
CAESALPINUS)はクレタからサウジアラビアに自生があるとされるが、ふつう植栽されているもので、母種にくらべると見られることが少い。英名は
spreading Roman cypress、horizontal Roman cypress、wild Mediterranean cypress、仏名は
cypres
horizontalである。枝を水平に開出して樹冠は広い円錐形となり、ややシダー様を呈する
(レバノンシダーCedrus Libani LOUDONまたは
ヒマラヤシダーCedrus deodara
LOUDON)。母種との区別点が不明瞭で、品種や変種に取りあげず、母種と全く同一とする扱いも有力である。
イトスギの栽培品種に次のものがある。
(1)
イタリアホソヒバCupressus sempervirens LINNAEUS cv.Stricta(異名
Cupressus sempervirens LINNAEUS var.stricta AITON):植栽種で、英名は
columnar Italian cypress、upright Roman cypress、upright cypress、独名は
saulenformige
Zypresseという。枝は上向し、樹冠は細長い円柱形となってきわめて目立つ。樹冠が円柱形の植栽品には種々の起源のクローンがあり、この
cv.Strictaの名称はそれらを包括したものであるから、もしクローンを明らかにするならば、個別的に
Cupressus
sempervirens LINNAEUS cv.Totem
Poleなどのようにすべきであると考えられ、また母種との境界が不明瞭なので、全く学名的名称を付けない考えも多い。さらに樹冠が狭い円錐形を示すもの、あるいはややほうき状を示すものも、このcv.Strictaの中に含める扱いがある。その場合は円錐
形のものの異名に
Cupressus pyramidalis TURG.、Cupressus sempervirens LINNAEUS var.pyramidalis NYMAN、ほうき状のものの異名に
Cupressus fastigiata DE CANDOLLE、Cupressus sempervirens LINNAEUS var.fastigiata HANSENが加わることとなる。
(2)
Cupressus sempervirens LINNAEUS cv.Glauca:葉は灰緑色を呈する。
(3)
Cupressus sempervirens LINNAEUS cv.Gold Rocket:樹冠は円柱形、葉は全黄色を呈する。
(4)
Cupressus sempervirens LINNAEUS cv.Swane's Golden:小高木で樹冠は円柱形、葉は密について鮮金黄色を呈する。
イトスギの変種に次のものがある。
(1)
ヒマラヤイトスギ(オオイトスギCupressus torulosa D.DONにもこの和名があてられることがある)
Cupressus sempervirens LINNAEUS var.indica ROYLE ex GORDON(異名
Cupressus whiteyana CARRIERE、Cupressus australis
K.KOCH):ヒマラヤ西部に生じ、英名は
glove cone Italian cypressである。樹冠は円柱形で、先端は長く鋭尖する。球果は球形で、種鱗は10個あり、楯形の上面の中央に鋭い微突起をもつ。
(2)
Cupressus sempervirens LINNAEUS var.atlantica SILBA(異名
Cupressus atlantica GAUSSEN):北アフリカの一部に生じ、母種との差はきわめて小い。地域的な1型に過ぎないとも考えられている。
(3)
サバクヒバCupressus sempervirens LINNAEUS var.dupreziana CAMUS(異名
Cupressus dupreziana
CAMUS):アルジェリアのサハラ砂漠中にあるタッシリ山中に生ずる高木で、ごく少数が現存するに過ぎない。小枝は薄く扁平で、鱗状葉は小く、基部に小い腺点をもつ。球果は小く、種子の翼の幅がやや広い。これもおそらく地域的な1型であろうと考え
られている。
14.イトスギの文化史
イトスギはきわめて古くからギリシャ、ローマに導入され、現在では世界中に広く庭園樹として植栽されている。ことに南ヨーロッパではその風景の重要な要素になっていて、ゴッホの絵、「
糸杉のある道」などでよく知られている。
古くはアッシリアの女王SemiramisがBC.1960にユーフラティスにかけた橋、古代エジプトのミイラの棺、ソロモン王の神殿の柱、古代ギリシァのジュピターの像・ジュピターの笏・アポロの杖、アレキサンダー大王の船はすべてイトスギで作られたとい
う。またプラトー(プラトン)が法典を
イトスギの板に刻んだとされる。
ギリシャの伝説をうたった詩に、青年キッパリススがアポロの可愛がっていたシカを誤って殺し、その悲嘆のあまりイトスギに変身したというのがある。
古代ローマではベッド・テーブルなどの家具、ハープなどの楽器、また槍などの武器もこの木で作った。またこの樹は死の象徴として葬儀に用い、小枝を棺に飾ったり墓に入れたりし、墓地にも植えた。これらのことから
イトスギの花言葉は「死、悲嘆
、永遠の霊魂」とされる。シェークスピアに「来らば来たれ、死よ、そして弔いのイトスギの棺に納めておくれ」がある。
『
旧約聖書』に出てくるberosh(ヘブル語)はふつう
イトスギにあてられる。
『創世記』でノアの箱船の用材とされた
gepherも
イト
スギとする考えが多い。キリストの十年架もこの木であるとの説がある。
ペルシャでは円錐状の樹形が美しいので庭園などに多く植えられ、彫刻や絵画のモチーフとなり、工芸や文字にも現れてくる。枝葉が燃えあがる炎のような樹形からゾロアスター教の神木ともされている。
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