バチカ属の樹木(その1)
1.バチカ属の名称と分布
バチカ属(
ナリグ属)
Vaticaは
フタバガキ科
Dipterocarpaceaeに属し、通常
Synaptea、Pachynocarpus、Retinodendron、Isauxisはその異名とされる。種類数が多い属で、80種ほどがインド東部・南部、セイロン、ビルマ、タイ、インドシナ、支那南部
、フィリピン、マレー半島、マレー諸島(小スンダ諸島を除き東はニューギニアまで)の範囲に分布し、ボルネオで最も種類が多く、35種にも達する。ほとんどの種類は丘陵地に生育しているが、群生して出現することが比較的少ない。
各地の名称は次のようである。タイで
phancham、tamrao、
yang-nu、sak-hin、ベトナムで
lau-
tau、カンボジアで
chramas、中国で
青梅、フィリピンで
narigといい、パプア・ニューギニアの商業名は
vatica、マレーシア・インドネシア地域で広く代表的に
resakが用いられる。なお樹皮をヤシ油の醗酵防止に用いるのに関連してresak
laruといい、サバで材が重硬なものもresak batu、軽軟なものを
resak
bungaとし、ブルネイでは別名に
riak、depa、ngerihがある。また
resakの呼名には同じ
フタバガキ科の別属の
コチレロビューム属
Cotylelobiumのものも含まれ、木材利用上はさらに
ウプナ属
Upunaのものも含んで一括して
resakとして扱われる。なおインド
ネシアで
Vaticaの数種が
giamの中に入れられることがあるが、
giamは本来
メラワン属
Hopeaのうち重硬なものの木材取引名である。
2.バチカ属の形態
壮大な高木が多い
フタバガキ科のうちでは、小さいものが多く、一般に常緑の小高木~中高木がふつうであって、まれに高さ40cm、直径1.25mまでになるものがある。樹冠は不規則な長楕円形などを呈する。樹幹はしばしば曲がりくねるが、ときに通直な
円柱状のものもある。板根は厚く円頭状を示すものがあるが、ふつうは小さいかまたは出現しない。樹皮は灰褐色などにしばしば灰色の斑紋があり平滑に近いが、ときに環状紋が現われ、大径木では部分的にフレーク状になって剥げる。小枝など若い部分
に通常早落性粉状の短毛がある。
葉は互生する単葉で、全縁、革質、明瞭な羽状の側脉のほかに特異な中間側脉や側脉間に細かい網状の脉理などの変わった形態を示すものがある。葉柄はふつう膝曲せず、托葉は小さくふつうすぐ脱落する。
花は両性で放射相称、5数性。がくは5裂し裂片の長さ不同で密毛がある。花弁は5個、狭長楕円形で捩れており、有毛、ふつう白色から淡黄色を呈する。雄ずいは(5~)15個が3輪に配列して短く、花系は基部で幅広く葯の下でテーパーする。葯室は4個
あり楕円形など、葯隔に短くて太い付属体がつく。雌ずいは1個で子房上位または半下位、広卵形または円錐形、短毛を密生する。明瞭な足体がない。花柱は円柱状で短く太く、柱頭はしばしば不明瞭で、ときに明らかに3裂する。果実は広卵形または球形
の堅果で、残存するがくがこれを取りかこみ果実と一部合着または離生する。がく裂片は大きい翅にならずすべて円形のものから、一部が発達した翅になって5個が著しく不同のものまである。翅の発達は2個のものが多い。
3.バチカ属の区分
この属は種類が多く、とくに果実の形態に変化が見られるので、おもにそれに基づいて区分がいくつか出されているが、次のわけ方がわかりやすい。
(1)
Sect.Vatica 果実の5個のがく裂片はほぼ同形で薄質または革質、ほとんどがく基部まで離生する。
(2)
Sect.Sunaptea(
Synapteaとも綴られる):5個のがく裂片のうち2個は長い翅となって長楕円形~へら形、3個は短く卵形に近い。質は薄く、離生または果実の基部に合着する。
(3)
Sect.Pachynocarpus:がく筒部は果実と合着し多少ともこれを包む。先端部は僅かに5裂し、全体著しく肥厚しコルク質となる。
以上をそれぞれ独立した別属とする考えも行われている。すなわちVaticaとは別に、
Synaptea属、
Pachynocarpus属をたてるものである。
4.バチカ属の材の組織
散孔材。辺心材の区別は明らかであるが、乾くとその境はにぶくなり、長く置かれた材ではやや不明瞭となる。辺材は淡黄白色~淡黄褐色、心材は黄褐色、褐色、紅褐色でときに緑色のくもりがある。時日の経過とともに暗色を帯びる。生長輪は通常不
明瞭。木理は通直または僅かに交走、肌目は中庸ないし精で光沢がない。
材の顕微鏡的な構成要素は道管、道管状仮道管、繊維状仮道管、軸方向柔組織、垂直樹脂道と放射組織である。道管はほとんどが単独で、まれに放射方向に2個接続するものがあり、ほぼ均等に散布する。分布数11~66/mm2。単独道管の横断面形は円形~
楕円形でときに僅かに角ばっており径0.06~0.22mm。ほとんどが単せん孔であるが、ごくまれに網状の多孔せん孔が現われる。道管相互の間の有縁壁孔はふつう緩い交互配列、ときに対状になって孔口が結合した階段状を示す。これらの壁孔はベスチャー
ド壁孔である。道管状仮道管は道管の周辺に認められるものがあるがふつうきわめて少ない。
材の基礎組織を形成するのは繊維状仮道管で、長さ0.9~2.3mm、径0.015~0.025mm、壁厚はやや厚いものからきわめて厚いものまであり0.005~0.01mm、有縁壁孔は明瞭または不明瞭、隔壁が出るものはない。
軸方向柔組織には次のものがある。
(l)周囲柔組織はふつうきわめて薄く0~3細胞層。放射方向の道管の片側について帽状になるもの、接線方向に僅かに伸びた短い翼状の傾向を示すものもある。
(2)垂直樹脂道の周辺に1~3細胞層のものがある。
(3)不規則な短接線柔組織と散在柔細胞との移行形のものがある。
(4)微細なターミナル柔組織またはイニシアル柔組織をもつ種類がある。柔細胞の径は0.02~0.035mm、壁厚は0.001~0.0015mmである
。垂直樹脂道はふつう単独で散在するが、ときに2個接続するものがある。分布数1~9/mm2で、径はふつう0.025~0.06mmで小さいが、種類によっては0.1~0.2mmのものがある。
放射組織は1~12細胞幅で、単列のものと多列のものの2型にわかれる傾向がある。2~70細胞高。構成は異性で、単列部および多列部の周辺の1部は方形細胞または直立細胞、他は平伏細胞からなる。多くの種類で結晶は存在するが、シリカは全く含まれ
ない。
5.バチカ属の材の性質
材の気乾比重は種類によってかなり違いがあり0.47~1.22の広い範囲の値が報告されているが、0.75~0.95のやや重硬ないし重硬なものが多いと思われる。種類が明らかなものの材質数値はそれぞれの項にあげるが、ここでは概括的な数値をあげる。生
材から全乾までの全収縮率高は接線方向5.0~9.6%、放射方向3.3~4.8%、生材による強度数値では、縦圧縮強さ296~622kg/cm2、横圧縮強さ51~122kg/cm2、曲げ強さ572~1,071kg/cm2、曲げヤング係数10.4~18.5×10(4)kg/cm2、せん断強さ41~133kg/cm2
、割裂抵抗は放射断面45~62kg/cm、接線断面53~107kg/cm、ヤンカ硬さは縦断面262~917kgである(Plant Resources of SouthEast Asia、5-1による、SI単位から換算)。
材の化学的組成の1例をあげる。ホロセルロース65.0%、aセルロース41.5%、リグニン27.1%、温水抽出物12.8%、アルコール・ベンゾール抽出物11.6%、灰分0.7%。
材中にシリカは含まれないが、材が重厚なことと樹脂分が多いことにより製材は困難である。材中での水分移動速度が遅いため乾燥も一般に困難である。天然乾燥に長期間がかかり人工乾燥でも長時間を要する。それ故予備の天然乾燥を行い、堆積に重
しをおきせん桟木間隔を狭くするなどをして慎重に操作を行わないと、弯曲、反り、表面割れ、裂けなどの欠点が出やすい。鉋削も動力を多く要するが、仕上げ面は良好である。穿孔、旋削などもやや困難である。一般にロータリー単板切削には材が硬す
ぎるが、スライス単板切削はあまり支障がない。材の接着性は一般に良好であるが、酢酸ビニル樹脂エマルジョン接着剤では難点があるとの報告がある。
心材の耐朽性は種類によって異なり、やや高いものからきわめて高いものまでがある。一般に乾材白蟻の食害は少ないが、キクイムシの穿孔食害にはそれほど強くない。防腐注入処理は困難なものが多い。
6.バチカ属の材の利用など
バチカ属の樹木は概して大きくならず中高木の程度までであり、散在して生立していることが多く、材が重硬でシンカーとなるものが多い。そのため
フタバガキ科の他属のものにくらべて商業用材として市場価値はかなり限定されるが、現地では一般的
に広く使われている。家屋建築(柱、梁、たる木、側板、床板、ドアー、窓わくなど)、船舶(竜骨、肋材)、車両、杭(地面・水に接する処にも)その他の土木用、橋梁、枕木、器具、旋削物などおよび燃材である。比較的軽軟なものは家具、包装、パ
レットなどに用いられる。
バチカ属材によるパルプ製造試験では、パルプ収率が低く、パルプの色戻りが大きく、ローエ価が高いので、製紙用パルプには不適との結果が出されている。
材をきりつけて滲出する樹脂を得られるものがあり、淡黄色などから凝縮して黄褐色などの脆い固形物となる。マレーシアでdamar
rasakといい、ボートのコーキングや照明に用いられる。樹皮はかつて
サトウヤシ樹幹から糖分を煮出す際の泡立ち防止と、ヤシ酒の醗酵を抑えるのに使われた。
7.Vatica bantamensis BURCK
Vatica bantamensis BURCKは
Sect.Sunapteaに属し、ジャバ、スマトラ、ボルネオに分布する。ブルネイで
resak
bantamという。ふつう中高木であるが、この属では比較的大きくなり、高さ40m、直径50cmまでのものがある。樹幹は円柱状でふつう通直、溝が入るものがあり、樹皮は灰黒色でほぼ平滑である。板根は低い。葉は楕円形などで長さ7.5~15cm、幅3~6.5cm
、側脉は6~12対で剛直、葉柄は長く2~3.5cmあり末端で膝曲する。花序の長さは8cmまで。果実はほぼ球形で径0.8cmまで、がく裂片の2個が長さ8cmまでの長楕円状へら形の翅に発達し、3個は短く長さ3cmまでで皮針形である。材は重硬で耐朽性が高い。
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