2025年大阪・関西万博において、ひときわ注目を集める木造建築が、海沿いのゾーンに建つバーレーン館です。このパビリオンは、中東の島国バーレーンの伝統的な木造帆船「ダウ船」をモチーフに設計され、船のかたちを想起させる美しい曲線が来場者の目を引きます。設計を担当したのは、レバノン出身でフランスを拠点に活躍する建築家リナ・ゴットメ氏。英国・大英博物館の改修プロジェクトでも知られる世界的建築家で、本館においても持続可能性と伝統文化の融合をテーマに建築を構想しました。
建築設計の協力には、日本の設計事務所MORFがあたり、構造設計を梅沢構造設計事務所が担当。施工は、石川県金沢市の真柄建設が手がけました。建物は延床面積約995㎡、高さ13〜17m、全長35m、最大幅12mの4層構造で、垂直な柱を一切使わず、すべての柱や構造材が少しずつ傾いて配置されています。この大胆でしなやかなフォルムは、船の動きや海のうねりを建築で表現したもので、構造的にも極めて挑戦的な木造建築です。
主要構造材には、すべて日本産の無垢のスギ材が使用されています。約3,000本のスギを、金物をほとんど使わず、精緻な木組みによって組み立てており、基礎部分にもコンクリートの使用を最小限にとどめています。これにより、会期終了後にはすべての部材が容易に分解・再利用できる、完全な循環型建築を実現しています。
展示テーマは「海をつなぐ ― 五感で巡る旅」。バーレーンが古来より海を通じて築いてきた文化や交易の歴史を、視覚・嗅覚・触覚といった感覚を通して体験できるよう工夫されています。館内では、海や船をモチーフにした映像が壁面に美しく映し出され、静かな音と光に包まれた空間が広がります。来場者は中東特有の香料やスパイスの香りを嗅ぎ、真珠や石材、織物などに直接触れることができ、まるで小さな博物館の中を旅するように展示が展開されます。展示はバーレーン文化・古代遺産庁が監修し、国際的なアーティストとのコラボレーションにより、多様な芸術的表現を盛り込んだ内容となっています。
さらに、館内にはバーレーンの食文化と日本の食材を融合させたカフェが併設されており、受賞歴のある女性シェフ、タラ・バシュミ氏による季節限定メニューを楽しむことができます。併設のショップでは、バーレーンの伝統文化に基づいたデザイン雑貨やファッションアイテムが揃い、子どもから大人まで楽しめるお土産として人気を集めています。特筆すべきは、この館内の床面、カーテンレールの棒までもが建築に使用されたスギ材で作られている点で、建築と展示、内装のすべてが一体となり、統一感ある空間演出がなされています。
バーレーン王国は、ペルシャ湾に浮かぶ40以上の島々からなる中東でも珍しい群島国家です。東京23区ほどの面積に約150万人が暮らし、サウジアラビアとは巨大な橋で結ばれています。かつては真珠の一大産地として栄え、古代のディルムン文明の交易拠点でもあったこの国は、現在では湾岸諸国に先駆けて「ポスト石油」の道を歩み、金融・観光・教育分野に力を入れる「湾岸のシンガポール」とも称される存在です。また、多宗教・多文化が混ざり合う開放的な国民性も特徴で、週末にはサウジアラビアから観光客が訪れる「自由でバランス感覚のある」国家として知られています。
バーレーン館は、そうした国の歴史・文化・未来志向の姿勢を、建築・展示・食・空間すべてを通して体現しています。木造建築の伝統と革新、五感で感じる文化体験、そして循環型社会へのメッセージが融合したこのパビリオンは、まさにバーレーンという国そのものを表現する空間といえるでしょう。