当初「いた」を表す漢字は、
という字だった。しかし、 余りにも枝(えだ)と間違え易かったので、既に普及していた版を参考に板を使うこととなった。のほうは、最終加工まで いっていないいわば板材の概念にしばらく使われていたが、「攴」を旁に持つ他の字と同様「攵」を旁として枚になった。
版の偏である「片」は、「木」を真ん中から左右に割った右半分である。左半分も木製品関連の字の部首となっていて、共に木偏以上に川下の世界を表している。版は、穀倉を意味する牆(偏は片の相方!)の外壁に使われた板のことである。穀物を守るために石を積んでその隙間と表面とを土で塗り固め、塗り土が風雨で剥げないように版で押さえて牆の外壁を造った。なんのことはない、土蔵の下見板である。
版は、長らく出版用語に多く使われている。これは冒頭に書いた印刷技術の発明より前に版が規格材として普及しており、規格が重要な意味を持つ印刷分野にこの字が流用されていったからである。
取り替えの容易さと施工性の良さから形の統一された版が用いられた結果、美しい外観が自然に見えてくる。こうして下見板などの羽目板は、多くの建築で使われた。だが、せいぜい厚さ一㎝程度で適度に隙間のある羽目板は着火性が良い。加えて軒までの外壁いっぱいに使われている場合には、着実に軒裏に火を導いて木造建築が延焼に弱いことを印象づける最大のポイントになってしまった。これに気づいた米軍は、第二次世界大戦で、建物に弾が命中しなくても羽目板に炎が届くように開発した焼夷弾を使って 日本の木造市街地を焼け野が原にした。
以来日本では板屋根を避け、軒裏を塞ぎ、羽目板に代わるサイディング材を開発してきた。こうして日本では板葺き屋根も骨董品のようになってしまった。一方、 欧米では別に珍しいものではなく、別荘など瀟洒な雰囲気で美観をデザインする柿(こけら)葺きが今でも多用されている。十年余り前のロスアンゼルス近くの森林火災では、別荘の柿葺きの屋根に次々と延焼して火勢を強め、 ヤジ馬を含む二十五人が焼死した。因みに日本では震災以外の市街地の延焼火災は酒田の大火以来二十年以上発生していないし、その時の死者も二名だった。努力の結果日本の木造住宅は驚くほど火に強くなり、もはや焼夷弾の脅威も薄くなっているのだが、損害保険の会社は、海外の保険会社の攻勢に対抗して大きなビルの保険料率を大幅に下げても、数の多い木造住宅のほうは雀の涙ほど下げただけで採算を取ろうとしている。
住宅建築の分野から駆逐されかかっている単板に替わって、現在では合板が大もてである。加工し易さから造作材、下地材、型枠材として多用されているほか、 構造用合板を使った大壁や床パネルの施工合理性が評価されて構造材としても使われている。
真壁の基本である土塗り壁は素材生産過程での資源エネルギー消費が小さくかつ断熱性能が高いが、施工性の悪さが人件費や工事期間を大きくし、住宅建築のコスト低減の観点からは 槍玉にされてきた。10.5㎝角の細い柱では、あえて真壁にして柱を見せるだけのデザイン価値がないこと、構造用合板は、施工性の悪い筋交いや火打ち以上に壁の変形を防げる場合があることから、断熱材を挟み込んだ大壁工法が普及し始めている。
大壁を含むパネル化の傾向は、工場加工の比率を高め、建築現場でのクレーンなどの機械化も促し、現場での人力の仕事を減らし、造作工事の比率を高めている。このことは、大工等の技能職人の高齢化や女性進出にマッチしている。しかし、次節でも述べるように小修理対応を難しくしたり、廉価ではあるがホルムアルデヒド含有量の大きい輸入合板蔓延の要因にもなっている。加えて通風の悪さから、腐朽問題も抱えている。