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今村祐嗣のコラム

森は未来の薬箱

樹木のたたかい 私が会長をしている日本木材学会は今年創立50周年を迎え、「木のびっくり話100」という書籍を講談社から刊行した。この本は「環境共生社会をきずく木質の科学と技術」という学会理念に沿って編纂されたものであるが、その中で木材成分の生理活性について述べたところがある。 その成分の一つはカテキンで、お茶に含まれていることはよく知られているがスギなどの樹皮にも存在し、抗酸化活性が高く活性酸素を無毒化したりするが、悪臭の吸着作用も注目されている。また、ヒバ精油が木材腐朽菌などに抗菌作用があることは従来から指摘されてきたが、黄色ブドウ球菌や大腸菌などの病原菌だけでなくMRSAに対しても効果のあることが明らかにされている。森林総合研究所の大原誠資先生によると「森は未来の薬箱」とも呼ぶべきで、イチイのタキソール、シラカバ樹皮のべチュリン酸などの薬理効果についても言及されている。特に熱帯林の樹木には民間伝承を含めて生理活性成分を含む樹種がたくさん知られていて、今も成分探しが熱心に行われている。その多くは樹木の心材に抽出成分という形で含まれ、天然の耐久性(ここでは腐朽や虫害に対する抵抗性)に寄与している。
腐朽菌に罹患したゴムノキ タッピングによって腐朽菌に罹患したゴムノキ(京都大学生存圏研究所 Erwin氏提供)
しかし、こういった成分は心材以外にも存在したり、また、外敵因子によってもつくられることもある。岐阜大学の光永 徹先生によると、カテキン類が樹木の外側組織である樹皮に存在するのは、菌類や昆虫などいう外敵から樹木の体を守る自己防衛のためではないかという。樹皮に多く含まれるタンニン類も同様に考えられようか。一方、樹木は人工的に傷害や昆虫などの食害を受けたりすると、防御機能が作動するようにスイッチが入る。樹脂様の成分が分泌されたり、特別の保護組織が形成されて健全部分を守るといったものはその例である。写真1はラテックスの採取(タッピング)を受けたゴムノキの断面で、ラテックスが十分に産出する時には同心円状に樹脂を含んだ細胞列が並ぶ程度であるが、生産が衰えてくると菌の侵入によって組織が壊死しカルスの増殖も衰退する。しかしよく見ると、この病気にかかった部分は着色した組織にガードされている。
ところで、抽出成分は心材部分に蓄積し、逆に辺材部分はこういった成分が沈着していないことがおもな理由で、どの樹種であっても腐りやすいというのが通説である。しかし、老齢化した樹木の中心部には空洞ができるなど腐れが生じている場合がある。このような腐朽は、実は、樹木が生きているうちに生じたものである。耐久性の高い屋久杉でも真ん中のところは腐っているので常識とは違った印象を受ける。生きている樹木で心材の腐朽が生じるのは、辺材は含水率が高すぎて腐朽菌の生育に適しない、辺材は生きている細胞が多くて腐朽菌の侵入に対する高い防御反応が起こる、折れた枝や死んだ枝から侵入した菌は心材に達しやすい、樹幹の中心部は形成されてから長時間が経過していて、抽出成分も変性して活性が低下していることが多い、などの理由によるものであろう。熱帯地方で植林が進められているアカシアマンギウムでもこの心腐れの発生が問題となっている。
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