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今村祐嗣のコラム

住まいとシロアリ ―シロアリの行動生態を通して考える―

シロアリは住まいを加害する昆虫である一方で、女王の下に階級分化した社会性昆虫として、あるいは難分解性のセルロースを分解消化することができる数少ない昆虫として特徴的な位置を占めている。わが国に分布するシロアリのうち社会経済的に重要なものは、イエシロアリとヤマトシロアリであり、いずれも地下生息性の種である。住宅をシロアリ被害から守るには、その生態や生理を十分理解して行うことが重要であり、最近では、環境に配慮した化学的、物理的手法が提案されてきている。

この講演では、社会性昆虫としてのシロアリの特徴と行動様式、ならびに住まいをシロアリ被害から守る最近の技術課題について紹介するとともに、実験室で飼育しているイエシロアリを手にとって見学する。


シロアリ被害から住宅を守る

木造住宅のシロアリ対策、いわゆる防蟻処理については、ヤマトシロアリとイエシロアリというわが国に生息する主要なシロアリが地下生息性の種類であるため、床下の土壌表面に薬剤を散布処理することで住宅内部への侵入を防止する方法がとられてきた。すなわち床下土壌の表面に薬剤のバリヤー層あるいは接触層をつくり、地下の蟻道から布基礎や束を這い上がろうとするシロアリを防ごうとするものである。ケミカル(化学)バリヤーである。防蟻薬剤としては、かっては有機塩素系薬剤のクロルデンが、その後は有機リン系化合物使用されていたが、それぞれ高い残留性や住宅内でのVOCなどの理由で禁止されあるいは使用量が減り、最近ではピレスロイド系、カーバメイト系、クロロニコチル系やフェニールピラゾール系薬剤などに移行してきた。また薬剤の形状もマイクロカプセルで包み込んだり、粒剤の形状にしたりして室内への揮散性を抑止したり作業面の安全性を高める様々の工夫が行われている。
最近に至り、薬剤の使用量を減らしたり(レスケミカル)、薬剤そのものに依存しない防除法(ケミカルフリー)を求める消費者の声も高まっている。土壌への薬剤散布のかわりに、遅効性の薬剤を餌と一緒に摂食させて巣内に持ち帰らせ、シロアリの習性を利用して薬剤効果を健全個体へ伝播させてコロニー全体をやっつけるベイト法や、薬剤を含浸させたプラスチックシートを床下に敷設したり、薬剤を含んだ塗料を基礎部分に塗布することによってシロアリの侵入や這い上がりを防ぐ方法などで、これらは薬剤使用量を減らせるということでレスケミカルな方法といえる。さらに、薬剤を使用しないケミカルフリーの物理的防除法が話題に上がっている。もちろん、床下環境を積極的に改善することを目的に、基礎と土台に間に隙間をつくったり、さらに調湿剤を床下に敷設したり、あるいは換気扇などと併用することによって床下の湿度を下げ、間接的にシロアリの被害を防ぐ手段も薬剤だけに依存しないパッシブな防蟻法である。
ところで、シロアリが通過できないメッシュサイズの金属製の網を布基礎と土間コンクリートの接合部や配管まわりなどに配置する方法や、シロアリが貫通できない一定の粒度(粒経が効力に影響する重要な因子で、重なった際の隙間がシロアリの通過を防ぐほど小さく、かつそれぞれが口に挟んで運べないほどの大きさー2mm前後)の砂を床下土壌に敷き詰める方法がハワイやオーストラリアで実用化され、わが国でも試みられている。こうなると、まさにフィジカル(物理)バリヤーである。
もちろん、金属板や防蟻性のある木製板を土台や束まわりに一定の角度で取り付ける伝統的な蟻返しや、柱の根本の周囲に溝をほり水や油を溜めておく方法も古典的フィジカルバリヤーということができ、歴史的にシロアリ被害に悩まされてきた沖縄や南九州などでは古くから様々な工夫が取り入れたられてきた。近頃でも束に取り付ける金属製防蟻返や、立ち上がり配管の周囲をプラスチック板で囲む新たな蟻返しも提案されている。また最近の木造住宅にはコンクリートのべた基礎の普及が広がっているが、適切な配筋と不同沈下を防ぐ土固めがしてあればこれも物理的にシロアリの侵入を防ぐ有力な手段である。
しかし、蟻返しや防蟻シートは土台や基礎周りへの取り付け部分に留意したり、床下コンクリートも長期にわたり割れ目が生じないように注意する必要がある。隙間が生じるとむしろシロアリの侵入を誘い込むことになりかねない。まだ十分に使用実績の乏しいフィジカルバリヤーでシロアリの加害から住宅を完全に守るには、ある程度のリスクを仮定した上で診断方法とメンテナンスを組み合わせるなりして、施工とチェックとを同時にシステム化しておくことが不可欠である。
ところで最近の住宅では、省エネルギーのために高気密、高断熱性が優先され、壁内や屋根裏だけでなく外断熱として基礎の外回りにも断熱性の高い材料が使用されることが増えてきた。ここでよく用いられる発泡系のプラスチック材料はシロアリによって加害されることが多く、断熱性能を低下させるだけでなくシロアリに対して快適な生息場所を提供することにもなりかねない。さらにシロアリに加害される恐れのある材料が基礎の外側にあることから、従来の床下バリヤーだけで対処することが困難である。
安心して住宅を長期間にわたりシロアリ被害から守るためには、ますます柔軟で新しい発想が求められているようだ。

シロアリ軍団北上中

シロアリは「白い蟻」と書くが、昆虫の分類では、ミツバチなどのハチ目とはまったく異なるシロアリ目というグループに属し、ゴキブリに近い仲間に分類される。熱帯地域には、「行軍シロアリ」という列をつくって餌を探す黒いシロアリもいる。シロアリは女王と王アリを中心とした「家族:コロニー」として多数の個体が何世代も同居しているが、卵から孵化した幼虫段階を経て、生殖虫になるニンフや羽アリに分化してゆくものと、職アリと兵アリになるものに分かれる。
わが国では、シロアリといえば住宅害虫のイメージがあるが、自然の生態系のなかでは植物が枯れたり樹木が倒れた時、微生物による分解に先だって、まずシロアリがそれらを食べて分解することにより、物質循環の上で重要な役割を果たしている。実際、熱帯地域での単位面積あたりの動物としては、ミミズとならんで圧倒的な存在量を示している。
日本には20種くらいのシロアリの分布が報告されているが、イエシロアリとヤマトシロアリは住宅の害虫として有名である。イエシロアリは地中に巣を構築し土の中に蟻道と呼ばれるトンネルをつくって移動するが、ひとつのコロニーの個体数は100万頭を越えるといわれている。世界のシロアリの仲間でも住宅などに大きな被害を及ぼしている暴れ者で、その分布は南西諸島から沖縄、九州、四国、瀬戸内地域から近畿南部、東海、関東の太平洋岸となっているが、いまや太平洋を渡りアメリカでも猛威をふるっている。
ヤマトシロアリは木材の中に巣をつくり近くのものを食害するが、個体数はイエシロアリより少なく1コロニーあたり千から1万頭くらいである。このシロアリは、世界でもっとも北まで分布しているグループに属していて、本州以外にも北海道の旭川市でその生息が確認されたのを皮切りに、最近ではさらに北上し名寄市においても発見されている。厳寒の冬期でも土中の木材中ではシロアリの生息が可能なのでは、あるいは気密性や断熱性の高い住宅工法が進んでシロアリにも好都合になったのでは、と色々推測されている。

アメリカカンザイシロアリ

日本の主要なシロアリが、イエシロアリとヤマトシロアリであることはよく知られているが、この2種は地下生息性シロアリと称されるグループに属するもので、いずれも土の中をおもな生息場所としている。場合によっては、枯死木や住宅の壁の中に巣をつくることがあっても、土中を移動の経路にし、特に水分供給を地下に求めている。とりわけイエシロアリは、枯れた樹木の根の下などに大きな巣を構築し、ギャラリーと呼ぶ地下蟻道を通って餌を探して行動することが多い。
しかし、最近わが国で、変わり者のシロアリによる被害が増えてきた。もう15年程前になるが、和歌山県の南の古座川町であまり見かけないシロアリが発生しているというので、学生たちをひきつれて出向いた。そこで見たシロアリは、木材中でのみ生息し、そこから水分を求めて外には移動しないシロアリであった。これが私と乾材(カンザイ)シロアリとの最初の出会いであるが、その後の調べで、この一風変わったシロアリはすでに1976年に東京で確認されていたということであった。
この乾材シロアリは、もともとわが国には生息していなかった種類で、「アメリカカンザイシロアリ」と名付けられているアメリカ原産のものである。乾材シロアリの一番大きな特徴は、まず乾燥材を食害し、そこに含まれている水分のみで生活し、外に水分補給を求める必要がまったくないということである。このシロアリ被害の発見は、柱や梁、あるいは家具などから外に向かって大量に排出されている、大変細かい粒状の木粉がきっかけになることが多い。これはカンザイシロアリの糞で、長さ0.5ミリ前後のきわめて形が整った俵状の形をしている。色は白~茶~褐色であるが、食材によって異なるようだ。からからに乾いた糞であるが、このシロアリが乾燥した木材を餌とし、そこに含まれる水分をしぼりとっていることを考えれば、しごく当然のことであろう。
もちろん女王アリも兵隊アリも働きアリもいて、また羽アリも発生することは他のシロアリと同様であるが、生活の基盤を乾いた木材の中においているということは、ある意味では外敵から保護されているということであり、また、あまり温度変化や環境湿度の影響を受けないということでもある。また、被害材の運搬によって長距離を移動しやすいとも考えられる。イエシロアリとヤマトシロアリの場合は、床下地面からの侵入を防ぐというのが、住宅の防蟻処理の前提であったが、カンザイシロアリでは木質部材にスポット的に被害が発生する場合がほとんどで、その処理を一層困難なものにしている。今のところ、十分な密封養生を前提とした薬剤の穿孔注入処理、あるいは被害対象全体のくん蒸処理がとり得る防除方法である。
新たな防除法の開発はもちろん必要であるが、学問的にはカンザイシロアリがいかにして10%前後の乾燥木材中の水分のみで生活しているか興味あるところである。

住まいの劣化診断

 住まいの劣化をチェックするポイントは、腐朽菌やシロアリの侵入の生理・生態をよく理解し、未然の防止と早期発見につとめることにある。また、住まいのどこが劣化しやすいかを考え、そこに注意を注ぐ必要がある。特に、腐れについては、土台、柱脚、筋交いなどの下部の含水率の上昇、窓枠やモルタル内部への雨仕舞いの不良、雨水の通路の不具合、給排水管やサッシなど金属に接する部位での結露などが留意すべき箇所である。また、釘や接合金物に起因する鉄汚染や藻類や草などの発生も、木質部材の水分状態が高くなっていることの指標として考えられる。
しかし、住宅構造の密閉化や大壁方式の普及により、住宅の劣化診断はより困難なものになってきている。腐朽や虫害など生物的な劣化では、あらかじめその進行を予測することは容易なことではない。また、部材の表面から劣化が進むとは限らず、むしろ腐朽やシロアリの被害も内部で生じることが多く、その検出を一層困難にしている。
住宅の劣化あるいは老朽度の診断法としては、現状においては目視、打音診断が主なものであるが、経験を要したり、診断が主観的にならざるを得ない。正確に劣化診断を行うには適切な治具を利用する必要がある。しかし、pHの変化をみる化学的な識別法、あるいは木材内部への物理的なボーリング方法(ピロデインやレジストメーター)、音響伝播を利用する手法が試みられているが、安定した判断を下せるまでには至っていない。
一方、シロアリが木材を加害する場合、 表面から順次食害することはほとんどなく、部材内部に穿孔して、 いわゆる蟻道を作りながら食害領域を拡大する。そのため、被害を早期の段階で検出するのはきわめて困難とされてきた。一方で、シロアリ防除は今後、土壌や木部の駆除的な薬剤処理ですませるのではなく、総合的な住宅の保守管理システムへと移行すると考えられる状況にある。この点からも加害探知法の確立の必要性はますます増大するといえる。
シロアリの職蟻が木材をかじる時に発生する微小な超音波(AE)を検知するセンサーを、建築時に住宅に組み込んだ無人の探知システムについても紹介したい。

(2007.4.16  JCII講演会)

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