変色と風化
夏の訪れとともにお肌の日焼けが話題にあがる。また、地球のオゾン層の破壊で地表に降り注ぐ強い紫外線の影響による皮膚がんの発生に対する危惧が、特にオーストラリアなどでは喚起されている。
ところで、木材も日焼けを起こす。太陽光に当たると変色は短期間で生じるが、初期の段階の変色は光酸化に伴う木材成分の化学構造の変化によるもので、濃色の材は明色化し、淡色の材は暗色化する。その後は一般的に薄い灰色になる。木材はその化学構造から非常によく太陽光を吸収する物質で、とくにリグニンやポリフェノール類は紫外線を吸収しやすい構造をもっている。その結果として、光の分解作用を受けやすい。分解された成分の多くは水に溶けやすくなって、雨水により容易に木材表面から流れ出る。したがって表面層はリグニンが消失しセルロースに富んで灰色化する。写真1は数週間屋外に暴露した木材の電子顕微鏡写真であるが、木材繊維がばらばらの状態になってきている。細胞と細胞との間に多く存在するリグニンが分解・溶出した結果であるが、まるで紙になるパルプをつくっている状況とも解釈できる。
屋外に暴露したスギ材のSEM写真
すさまじいまでの表面の大小の
割れはまさに”風化“そのものであった。
細胞がばらばらになって崩壊
してきている状態がみられる。
その結果、古いお寺の濡縁など長い間雨ざらしの場所に置かれた木材のように、表面が洗い出したように粗くなっているのを目にすることになる。光分解と雨水による溶出が繰り返され、順次現れる内部の新鮮な部分も同様に光分解を受け、結果として木材表面は軟らかい早材部を中心に崩壊が進行する。これは風化と呼ばれる現象であり、針葉樹材の風化速度は100年で5~6mmともいわれている。
この木材成分の光分解は水分が存在すると加速されるため、日差しが強い夏期に雨が多いわが国の気候風土は木材の風化にとってはきびしい環境である。同僚の伊東隆夫教授がタクラマカン砂漠にあるニア遺跡を調査された折、住居址に林立する柱を写真に収められたが、
しかし、2千年前にわたり強烈な太陽光に曝されても砂漠の中にその姿を保ってきたのは、雨がないということが大きな理由であろう。
ところで、公園のベンチや庭の縁台など屋外におかれた木材が、樹種に関係なく暗灰色化しているのは、上の現象が進行した後、カビなどの付着による斑点状の黒色のシミが発生して進行したことによる。これらのカビや変色菌は、いわゆる腐朽菌のように木材の強度を低下させることはないが、木材が光分解してできた糖類などの低分子成分を栄養源として繁殖する。また、カビ類はたとえ塗装してあっても微小なピンホールなどから塗膜を通過し、その下に繁殖することもある。
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