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耐久性と注入性
大まかに言って、天然耐久性の大小と注入性の難易とは相関するものが多い。サザンイエローパインやラジアータパインなどは、耐久性も低いが同時に注入も容易な樹種で、場合によっては確実な薬剤注入処理が確保されることがこの木材を選択する一つの根拠とされている。逆にベイスギは住宅の屋根や外壁材料として使用されるくらい耐久性が高いが薬液はほとんど入らない。この材では細胞内腔にポリフェノールがびっしりと沈着していることが、耐久性を高めると同時に他方で注入を阻害している理由であろう。しかし両者の関係が必ずしも一致しないものも存在する。スプルースの仲間はきわめて耐久性の低い樹種群であるが、一方で心材はもちろん辺材であっても薬剤注入がきわめて難しい木材でもある。こういった樹種では耐久性を確保するため防腐剤の注入処理が不可欠になるが、薬剤を内部まで浸透させることが容易ではない。
木材の細胞では精妙なつくりのピットが薬液移動の通路となっているが、その口が堅固に塞がれていたり、あるいは樹種固有の成分でも沈着すると薬剤の注入はきわめて難儀になる。スプルースやカラマツの注入が難しいといわれるのはそこに原因がある。これらの難注入性の木材に内部まで薬剤を注入するため色々な取り組みが行われてきた。インサイジングはその代表的な手段であり、部材の表面にナイフ傷を一定の深さまで人為的につくり、それを数多く分散させて浸透性を確保しようというものである。また、汎用化には至っていないものの、木材の側面から圧縮の力をかけてピットのみを破壊する方法も実用化されている。
木材の細胞内部に侵入し、
隣の細胞に広がっていく腐朽菌糸
写真は腐朽菌が木材の細胞壁を攻撃中のものであるが、菌糸の先端部がピットの穴を選んで入り込んでいるようすがみられる。菌糸は木材に取り付くと内部まで侵入していくが、通常は木材細胞の液体通路の穴をうまく利用して侵入していく。難注入性でも耐久性の低いスプルースなどの木材ではこの菌糸の侵入も容易に起こることが予測されるため、強度が低下しない程度にちょっと腐らせた木材が調製できれば、注入性向上も実現するだろう。というわけで、私は以前にある企業の方と無理に木材を腐朽させて、薬剤(この時は強化樹脂の注入であったが)の浸透促進をはかったことがある。しかし、実際は無残にも失敗してしまった。使い物にならないくらい、本当に腐ってしまったのがその原因である。
微生物と木材とは絶妙なバランスをとっている。樹木が生きている時も、死んで木材としてわれわれが利用する時も、そのかかわりは重要である。