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樹木の幹が太るのは、樹皮の直下にある形成層が自分自身の円周を広げながら内側に木部の細胞と外側に師部の細胞をつくり出すことによっている。したがって樹皮の定義はこの師部とその外側にある表皮層ということになる。しかし、どんどん幹が太ってくると表皮層はそれについていけず、そのままでは幹を守れないということになる。そこで樹木の表皮層の一番内側にコルク形成層という新たな分裂組織ができて、これが厚い細胞壁をもったコルク組織を形成して水分の通過をさまたげ、幹を守る役割を担うことになる。さらに幹はどんどん太くなるので、新たなコルク形成層が内側につぎつぎと生じてくる。一番内側のコルク組織を境にして外側を外樹皮(粗皮―あらかわ)、内側を内樹皮(甘皮―あまかわ)と呼んでいる。このコルク形成層の配列の仕方と分裂の様式の違いによって樹種固有の樹皮の様相を示すことになる。すなわち、サクラやシラカバなどではコルク形成層が円周状にでき、またそこから分裂したコルク組織もあたかも早晩材のように規則的に並んでいることから樹皮が紙状に薄くはがれる。一方、スギやヒノキなどでは円周方向にある幅をもったコルク形成層が一定の間隔で規則的に生じるので、外側の樹皮は縦に帯状に剥離することになる。多くの樹種ではコルク形成層が不規則に重なり合って生じ、この結果、外樹皮は鱗状にはがれるものが多い。この説明は、木材の組織(島地 謙、須藤彰司、原田 浩共著、森北出版)の本を開いて確認しながら書いているが、口頭での説明はほとほと難しい。
樹皮の外観(左から、プラタナス、クスノキ、コルク組織の
発達
が著しいアベマキ)
もう一つの質問は、「樹木はあれだけ背が高いのに、どうして土中から水分を葉っぱの先まで送れるのか?」というものであった。樹木の生長には水分は必須のものであり、その水は根から供給されることを考えると、場合によっては100mにも達する大きな樹木の先端まで水を送るしくみは確かに誰しもが疑問に思う点である。
この水分移動すなわち樹液の流動のしくみは研究面でも古くから諸説が出されてきた樹木生理学上の一大課題であり、現在でも完全に説明されているとはいい難い。私の理解しているところでは、葉の先端の気孔からの蒸散作用によって負圧がかかり、先端から根まで続いた水の強い凝集力によって引き上げられるというメカニズムである。したがって、樹木の大きさは樹体を維持する強度的な要因より、樹木の先端まで水分を輸送するという水分生理学的な理由によって決められるという最近の説が注目される所以である。水の凝集力がはたらくためには水がつながっていることが必要であるが、時には傷害などによって連続性がしばしば壊される。しかしそこはうまくしたもので、気泡の入った細胞の周囲を水が移動して連続性は保たれているようである。
この樹液が移動する部分はほとんどが辺材(白太)であり、さらに広葉樹では特定の年輪層に限られる場合が多い。ところで立木注入法という、樹木を伐採した直後に元口を薬剤に浸け、葉の蒸散作用で浸透させる単木処理法がある。減圧・加圧などをせずに先端部まで薬剤が行き渡らせることができるが、樹幹中で薬剤が浸透する領域は先ほどの樹液流動の組織に限定される。一方で、広葉樹の若木を使って染色液を浸透させた場合は樹種固有の染織模様ができ、工芸的な利用が工夫されている。
充実した講義をさせて頂いたが、後で振り返ってみると真剣勝負の場でもあったように思う。専門外の方が感じる素朴な疑問ほど核心をつくシャープなものであることを再認識した日でもあった。