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今村祐嗣のコラム

物理の散歩道

他人の空似

筆者が以前、木材細胞壁の形成のしくみを研究していたときに撮影した電子顕微鏡写真とまず見て頂きたい。これは樹木の形成層のところで新しい細胞が分裂し、ついで若い細胞の壁にセルロースの極細の束(ミクロフィブリル)が堆積して厚くなっていく途中の段階であるが、ピットという水分を隣の細胞に移動させる穴の周りに注目したものである。一方、他方の写真は木の幹の表面での節周辺の写真である。こちらは木の繊維が節(枝の跡であるが)を避けて流れるように配向している様子が見てとれる。倍率では、ピットの写真は節の写真に比べて、それこそ10万分の1くらいのナノスケールの世界を観察していることになる。でも、なんと形状の似ていることか。片方はセルロースの束がピットの穴を迂回して積み上げられ、他方は木材の細胞が枝を回り込むように堆積し、結果的に両方とも饅頭のように膨れあがった組織を作り上げることになる。これを研究した当時は木材の細胞壁の形成機構は今ほど十分明らかにされておらず、セルロースのミクロフィブリルが積み重なっていく過程を色々と考え悩んだものである。
研究をしていて、このように全く異なる対象や場所できわめて類似した現象に出会うことがある。私の研究領域で随分以前から興味をもたれてきた話題であるが、シロアリが仲間を誘引する物質と木材が腐る過程で発生する成分が化学構造の上で良く似ているという。片方は昆虫自身が体内で生産し、他方は木材という植物が微生物によって分解されて生まれた成分である。
形成中の木材細胞壁
電子顕微鏡で観察された形成中の木材
細胞壁におけるセルロース・ミクロフィブリルの
ピット周辺での堆積状況(左)と、木の幹の表面
に見られた節周辺の木目の様子(右)
また、木材が褐色腐れを引き起こす際にきわめて急速にセルロースが分解するが、その分解のメカニズムの解明は多くの研究者の関心の的であった。かって、過酸化水素水と硫酸鉄を加えたフェントン試薬で木材を酸化すると、その挙動が褐色腐れによる分解と似ていることが注目されていたが、その後、キノコもシュウ酸を生産して強い酸化剤である水酸化ラジカルをつくり、セルロースの急速な解重合を行っていることが明らかになっている。
こういった自然現象を解き明かしていくには、背景となる物理や化学の原理をよく理解しておく必要がある。先ほどのピットと節の形態の類似性も“回り込み堆積”の現象と解釈すれば、出来上がったものの形が共通するのはむしろ当然であろう。研究現場での発想には思いもつかぬところでの現象がヒントになることが多い。
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