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虫の匂い
一方、フランスやイタリアの人にはトリュフが究極の香りをもつキノコとして珍重されている。見つけるのが困難な地下生菌類であるトリュフを探すのには牝のブタが活躍するが、キノコの香りが牝ブタを性的に誘引するらしい。ブタだけでなく犬やハエも有力な発見者であるようだ。これはよく似た事例で犬が地中に巣をつくり生活するシロアリを見つけるという。この犬はビーグル犬であるが土の中に生息するシロアリの発見に役立っている。正面からみた鼻の形をあらわす自と犬が組み合わさった臭の字(白川静 常用字解)が示すように犬の嗅覚は特に鋭い。
われわれは、以前から住宅や木材の劣化診断の手法の開発に取り組んできており、これまでAE(アコーステイック・エミッション:音響放射)を利用したシロアリ被害発見器をつくったり、レーダーによる腐朽部の探査などを試みてきた。この一環でピーグル犬にならい、匂いによるシロアリ探査を試みている。確かにシロアリを飼育している部屋に入ると、いわゆる“シロアリ臭”がするので、何とかこれを利用してシロアリ集団を発見できないかと思いついたわけである。
住まいの劣化監視システム
匂い検出センサを備えた人工探知ロボットを住宅の床下に
走らせ、劣化情報を発信させて集中管理する(簗瀬原図)。
シロアリが同じ仲間を識別するコロニー臭の正体は、昆虫の真皮細胞から外表皮に分泌される複数の炭化水素といわれていて、種類やコロニーによって炭化水素の種類と組成(組み合わせの比率)が異なる。また、仲間に危険を知らせる際に警報フェロモンを出すが、その多くはテルペン化合物であることが分かっている。これらのシロアリ相互の情報伝達には鋭敏な触覚センサが機能しているが、人工センサによって集団の発見を行うにはもうちょっと濃度の高いガスを対象にする必要がある。
そこで、シロアリに由来する代謝ガスに注目し、二酸化炭素、メタン以外に、クロロホルム、酸化窒素、一酸化炭素、水素などが発生しているのではと予測した。実際に実験を行った結果、シロアリが活動することによって水素、二酸化炭素、メタンの濃度が上昇することを明らかになった。現場での測定には、二酸化炭素の場合、非分散型赤外線吸収(NDIR)式CO2センサが有効であることが示された。住宅の床下などの構造上主要で、かつ腐れやシロアリ被害などが発生しやすい箇所に『マルチにおい検出センサ』を取り付け、そこから発信する劣化情報を集中管理して、きわめて早期に、かつ信頼度の高い劣化診断を判定するシステムを構築することも可能である。
木の香りのする健やかな家に住み、匂いを利用して長く使っていきたいものである。