今村祐嗣のコラム
熱処理木材
いささか旧聞になるが一昨年の5 月にドイツに出張した折り、ハノーバーで開催されていた“リグナメッセ”に参加した。この世界最大の林業・木工機械展は関連する業界の方にはなじみが深いものであるが、この中で、いわゆる“熱処理木材”が5 コマ以上のブースを占めていたことに驚いた。熱処理木材とはその言葉の意味するとおり、温度や雰囲気など処理条件は色々あるにしても、要するに加熱処理した木材のことである。木材を100 ~200 度、場合によってはそれ以上の温度で処理した製品で、応力や狂いが除去されていることや、寸法安定性や耐久性、あるいは耐候性が向上していることがセールスポイントとなっている。ヨーロッパでは種々の用途へ利用展開され、特に200 度以上の高温処理したものがデッキやサイジングなどエクステリアウッドとして販路を拡大しているという。
ヨーロッパにおける熱処理木材の動向については以前から知悉しており、また、わが国においても独自の手法や目的をもって取り組まれ、木材の圧縮処理の固定法として応用されてきた経緯もある。しかし、耐久性、すなわち耐腐朽性や耐シロアリ性など生物劣化に対しては、筆者を含めわが国の研究者はかなり懐疑的であった。というのは、熱による木材成分の分解によって強度低下が引き起こされるのはもちろん、心材抽出成分やヘミセルロースの変性・分解によってむしろ抵抗性が低下することを懸念したことによっている。一方、加熱処理で木材成分中の遊離の水酸基が架橋することにもとづいて吸着される水分量が低下し、それによる性能向上は期待されてはいた。
しかし、処理工程における木材中の水分の有無や周囲の条件、あるいは加熱温度によって得られる物性は大きく異なるものの、防腐性能については200℃以上ではかなり向上するという結果が得られている。また、シロアリ、特に攻撃力の激しいイエシロアリに対しては食害を抑制することは困難であるにしても、分解代謝系に影響を与えているようで、このあたりの挙動については、まさにアセチル化処理のような化学修飾木材に共通する点が多々みられる。木材の熱処理については決して新しい技術というわけではなく、1950 年代にアメリカの著名な研究者であるA. J. Stamm 先生が基本的な物性挙動について検討されて以降様々に試みられてきた。が、最近の低環境負荷材料への関心の高まりとも相まって、実用的な材料として展開するに至ったとも考えられる。
木材はどうも温度によって微妙なかつドラスチックな影響を受けるようで、熱処理というとファインテクノロジー(繊細な技術)と縁遠い感じを受けるが、処理条件によって物性は大きく変化するようだ。殺菌ではなく木材自身が腐りにくい状態で、しかも寸法や材色の安定性が向上している。強度はやや低下しているが、使用には十分耐えることができる。そういった処理技術である。熱処理木材が目指しているのは弱点が適度に改良され、「用途に適合する程度に」向上した材料ではないだろうか。