今村祐嗣のコラム
音と匂い
住宅の耐久性向上の手法としては、低毒性保存薬剤の使用や薬剤の使用量の削減、シロアリの生理・生態の特性を利用した物理的防除法の模索など、ますますレスケミカルの方向に向かっている。一方で、木材の低い環境負荷性や高いアメニティ感覚からエクステリアとして用いていこうとする動きも依然として強い。そこでは、腐朽や虫害などの劣化が発生しているのか、あるいはその進行がどの程度であるかを的確に知ることが、重要になってきている。信頼性が高い劣化診断法の確立は、効率的な保守管理にも役立つ。
劣化の診断法としては、目視、打音診断などが主なものであるが、経験を要したり、診断が主観的にならざるを得ない。客観的な診断を行うには適切な治具を利用する必要がある。しかし、化学的な識別法、あるいは木材内部への物理的なボーリング方法(ピロデインやレジストメーター)、音響伝播を利用する手法が試みられているが、現場で安定した判断を下すにはまだ課題を抱えている。
われわれは、アコースティック・エミッション(AE)を利用したシロアリ被害の非破壊的な検出方法に取り組んできた。AE は固体材料の微小な変形や破壊によって発生する超音波のことで、シロアリ職蟻が木材を齧ることによって発する超音波をモニタリングしようというわけである。このシロアリ聴診器は、圧電型センサ、ろ波、増幅、弁別、データ処理部から構成されているが、もしシロアリが木材を齧ればAE 波が検出され、食害活動が激しいほど発生するAE 事象数も増加してくる。現状では、実際の住宅や文化財建築物の蟻害診断を行う上で有力な診断武器になっているが、また、リモートセンシングで測定できることから、木材加害昆虫の食餌活動の変動や環境条件の影響解析など、行動生態を明らかにする上にも役立っている。
もう一つは、匂いを利用する方法である。シロアリを飼育している部屋に入ると、いわゆる“シロアリ臭”がするので、何とかこれを利用してシロアリ集団を発見できないかと思いついた。シロアリが同じ仲間を識別する匂いの正体は、昆虫の真皮細胞から外表皮に分泌される複数の炭化水素であり、また、仲間に危険を知らせる際に出る警報フェロモンの多くはテルペン化合物であることが分かっている。シロアリ個体の相互間の情報伝達には鋭敏な触覚センサが機能しているが、人工センサによって集団の発見を行うにはもうちょっと濃度の高いガスを対象にする必要がある。そこで、シロアリに由来する代謝ガスに注目した結果、水素、二酸化炭素、メタンの濃度が上昇することを明らかになった。
住宅の床下などの構造上主要で、かつ腐れやシロアリ被害などが発生しやすい箇所に『AE・におい検出センサ』を取り付け、そこから発信する劣化情報を集中管理して、きわめて早期に、かつ信頼度の高い劣化診断を判定するシステムを構築する夢を描いている。木の香りのする健やかな家に住み、音と匂いを利用して長く使っていきたいものである。