2020年12月、京都大学と住友林業が発表した内容は、多くの人々を驚かせました。それは、木製の人工衛星を開発するという革新的なプロジェクトです。この計画は、京大の仲村教授と住友林業の社員が飲み会で偶然話題にしたことがきっかけとなり、短期間で「宇宙木材プロジェクト(通称:LignoStella Project)」として結実しました。2023年には、木造人工衛星「LignoSat」が打ち上げられ、木材の物性評価や宇宙環境での樹木育成研究が行われる予定です。
この発表の背景には、2016年に宇宙飛行士である土井隆雄氏が京都大学宇宙総合学研究ユニットの特定教授に就任し、「宇宙における木材資源の実用性に関する基礎的研究」を立ち上げたことがあります。このように、宇宙と木材を結びつけた研究が徐々に進展し、木材の新たな可能性が探求されています。
発表された木製人工衛星には、従来の人工衛星にはない以下のようなメリットが挙げられています:
電磁波・地磁気を透過する特性
木材は電磁波や地磁気を通す性質を持っているため、人工衛星のアンテナや姿勢制御装置を外部に露出させることなく、内部に設置することが可能になります。この構造の簡素化により、人工衛星全体の設計が効率化され、製造コストの削減にも繋がります。
大気圏突入時の環境負荷軽減
運用終了後に大気圏へ突入する際、木製人工衛星は完全に燃え尽きるため、従来の金属製人工衛星で問題視されていた大気汚染を引き起こしません。特に、アルミニウム製部品が燃焼時に発生させる微小なアルミナ粒子が大気環境に与える悪影響は、将来的に衛星数が増加することで深刻化する懸念があります。木材の使用により、この問題が解消される点は重要なメリットです。
木材の電磁波透過性とその応用
木材が電磁波を通す特性は、人工衛星だけでなく、地上のさまざまな分野での応用が期待されています。
通信技術への応用
木材の電磁波透過性を利用することで、建築材料として木材を使用しながらWi-FiやBluetoothといった無線通信が円滑に行える空間を作り出すことができます。従来、金属製やコンクリート製の壁は電磁波を遮断するため、通信環境の悪化を招いていましたが、木材を使用することでこれを解決できます。
電磁波シールド効果のない構造物
金属製の構造物は電磁波を反射・遮断するため、電子機器の配置や通信に制約が生じることがあります。一方で、木材は電磁波を通すため、電磁波に依存する機器が使用される空間の設計自由度が向上します。たとえば、木製の住宅やオフィスは、通信機器を快適に使用できる空間を提供します。
持続可能性と木材の可能性
木材の利用は、宇宙技術や通信技術だけでなく、持続可能な未来の構築にも大きな役割を果たします。木材は再生可能な資源であり、環境負荷が低い素材です。従来の金属やプラスチックと比べて加工エネルギーが少なく、CO₂の排出量も抑えられます。さらに、木材は「炭素の貯蔵庫」として機能し、成長過程で吸収した二酸化炭素を保持し続けます。
また、木材の使用が促進されることで、森林管理が進み、違法伐採の抑制や森林の保全に繋がります。こうした持続可能な取り組みは、地球環境だけでなく、宇宙での利用を視野に入れた新たな可能性を切り拓きます。
宇宙木材プロジェクトは、単に木材を人工衛星に利用するだけでなく、宇宙空間での木材資源の活用可能性を探る壮大な試みです。将来的には、木材を使用した宇宙建築や、宇宙環境に適応する新しい樹種の育成といった分野にも発展する可能性があります。例えば、木材を基盤としたエコロジカルな宇宙ステーションや、宇宙移民計画での資源としての活用が期待されています。
木材は、電磁波を通す特性だけでなく、環境負荷の低さや持続可能性といった多くの利点を備えています。その特性を活かした技術開発は、地球上だけでなく宇宙空間にも新たな価値を生み出しています。私たちが日常で使う木材が、未来の宇宙開発や地球環境保全のキープレイヤーになる可能性は、決して夢物語ではありません。
※1 LignoStella(リグノステラ) Ligno(木)と Stella(星)の造語で本プロジェクトにて命名。