世界には太さ、高さ、体積、樹齢の面でそれぞれ世界一といわれている巨樹、老樹が存在しております。
その中で、幹の太さが世界一といわれているものにメキシコのデル・トウーレ(Texdium mucronatum)があります。
この巨樹の根元幹周は58メートルとされております。なお、このほかにも世界一の太さではないかといわれているものもないわけではありませんが、このデル・トウーレはギネスブックその他で広く紹介されており、世界で最も有名な巨樹の一つであります。
しかし、この巨樹については、これまで単一固体ではなく、いくつかの個体がくっついた合体木ではないかという説がみられました。
デルトワーレ(トゥーレの木)」Arbol del Ture
世界最大の幹廻りを誇る
ギネスブックにも「世界最大の木」と登録されている。
メキシコ、オアハカ州トゥーレ村の世界最大の木、ヌマスギ(別名 ラクウショウ)。
この村には同じヌマスギの巨樹が9本ほどあり、子供であり、孫である。
2002年5月に、このデル・トウーレを見る機会がありました。
この巨樹の複雑な樹形からして合体木とみられても仕方ないと思いましたが、しかし、やはりこれは単一個体ではないかと思いました。(写真①)
この点を確かめるため3本の太い幹から葉を採取し、大学でDNAの分析を行なうことにしました。
ところが、帰国後、トマス・バケナムの著書『地球のすばらしい樹木たち』(2003年3月、早川書房)のなかで、最近のDNA鑑定の結果、遺伝的にみれば、この木は単一個体であり、決して3つの異なる種子から発芽した3本の木ではないことが証明されたと書かれてあり大変驚きました。
いつ、だれがDNA鑑定を行なったかまでは明らかではありませんでしたが間違いないことだと思います。
しかし、さらにトマス・バケナムは1つの根から3本の樹幹が成長したため同一の遺伝子をもっているとは考えられないか?もしそうなら、この木の驚くべき樹幅の説明がつくものだが、それを認める専門家があらわれたら、世界最大の樹幅という栄誉もはく奪されるかもしれないとも述べております。
デルトワーレの子の樹
一般的名称:アウェウェテまたはサビノ 属名 Taxodium mucronatum (TEN) 樹齢:2000年超 高さ:41.85m 幹回り:57.9メートル 重さ:636.107トン 直径:14.05メートル 体積:816,829立方メートル と記載されている確かに、同じ根から3本の幹が発生したものであるならば、それは同じ遺伝子をもつとしても、それぞれ別の個体であり、それが成長してくっついたものであるならば、当然合体木とみるべきものと思います。
遺伝的に同じことは、必ずしも同じ個体であることにはならないことがあります。
一卵性双生児は同じ遺伝子をもっておりますが、同じ人間ではなく独立した別々の人間なのです。
竹は遺伝的には同じ地下茎から、多くのいわゆる竹といわれているものを地上に出しますが、これらはそれぞれ別々の個体とみられております。
樹木でも、同じ根茎から複数の幹が形成されることがあり、それが離れて生育している場合は別々の個体とみなされることがあります。デル・トウールの場合も、もし同じ根茎から3本の幹が形成され、それが成長の過程でくっつき、今のような樹形になったものであるならば、これは3つの個体の合体木とみなすべきものと考えます。
しかし、こうした意味での合体木説にも大いに疑問があります。 その疑問とする根拠は次のとおりであります。
デル・トウールのすぐ近くに子の樹と孫の樹と呼ばれているものが生育しております。
孫の樹の方は樹齢が若いこともあって樹体が小さく、幹のくびれもほとんどみられず、普通によくみられる樹形をしております(写真②)。
子の樹の方は樹齢は1000年と高く、樹体も巨大であります(写真③)。
幹の縦のくびれがはげしく、幹が分離しそうなところもあり、デル・トウールのように合体木状の樹形をしております。
また、デル・トウールからそれほど遠くないところにも子の樹と同じくらいの巨樹が生育しております(写真④)。
樹齢は不明ですが、胸高の幹周は16.7メートルもありました。
この樹の幹の縦のくびれもはげしく、一見いくつかの個体からなっているかのような樹形をしておりました。
これらのことやその他の例などからみて、この地域のメキシコヌマスギは、生育がすすみ老齢化していくと樹体が巨大化し幹の縦のくびれがはげしくなり、幹が分離しそうな樹形やいくつかの個体が寄りそっているような樹形になりやすいのではないかと思われます。
これに類したことは我国の樹種でもみられることがあります。
現在のところ、デル・トウールがどうしてこのような樹形になったかを説明できるような十分な科学的資料はありません。
しかし、現時点ではデル・トウーレは合体木ではなく、単一個体から出発し、それが老齢化していくにつれ樹体が巨大化し、幹の縦のくびれがはげしくなり、そして巨大化した枝幹を物理的に支えることがむずかしくなったり、さらに落雷や病虫害等の被害がくわわったりして、現在見られるような樹形になったとみるべきものと考えます。