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1.英国・大ブリテン島の巨樹・老樹
このたび訪れたのはイギリスのスコットランド、イングランド、ウェールズなどのいわゆる大ブリテン島である。その緯度は、だいたい北緯50度から60度の間にあり、北海道よりさらに北に位置している。しかし、西岸を流れるメキシコ海流(暖流)と偏西風帯に属しているため、それほど寒冷ではない。年平均気温と温量指数はわが国の東北地方の北部から北海道に相当している。
イギリスの大部分は5,000年くらい前までは、オーク、ブナ、ニレなどの温帯の落葉広葉樹林で覆われていた。しかしその後、人間による伐採が進み、現在では、この自然林はほとんど残されておらず、隔絶された谷間等にわずかに残っているのみである。
そのほかの自然林としては、スコットランドの中央部や東部の高地などにカレドニアマツの森林があり、これらは亜北極の針葉樹林への漸移帯となっている。
近年、イギリスでも植林が行われているようになった。しかし、その樹種はカラマツ、ドイツトウヒ、アメリカマツなど外国産の針葉樹が主体となっている。現在のイギリスの森林面積は国土面積の9%ほどで、わが国のそれに比べてかなり低い。
このような森林状況の中にも、あちこちに見事な巨樹・老樹が残されている。
2.イチイ(Texus baccata)
針葉樹の巨樹・老樹としてはイチイが圧倒的に多い。イチイは長命な木であることから古くは長寿のシンボルとされたり、材が強く耐久性のあることから当時武器として重要であった弓の材料とされたりした。
現在、イチイの巨樹・老樹は教会や個人所有地に多く、特に教会に多く見られる。しかし、このことと樹木信仰とは特に関係なく、教会がかつて領地を管理する際に必要であった武器である弓の材料としたことと関係あるのではとのことである。
①ウィチングハム タワー(Whittingham Tower)のイチイ
このイチイはスコットランドのハーディントンにあるバルファー伯爵の領地内にある。樹齢は1,000年である。
このイチイは幹を中心にして360度の方向に視野を遮るほどおびただしい枝が垂れ下がり、それらが地面や地中をはい、ところどころ発根したり、萌芽したりしている。それらの中には成長して独立した樹木のように見えるものが何本か見られた。
こうした状態のイチイの全体の面積は4,000㎡ほどもあり、外からは小さな森のように見える。この内部にいると異様な雰囲気を感じさせられることがある。
なお、このイチイはシェイクスピアの「ハムレット」のもととなった事件とかかわりのあったところとして知られている。
②マッチ マーシャル(Much Marcle)教会のイチイ
このイチイはイングランドのマッチ マーシャルにあるマッチ マーシャル教会内にある。
幹周は9m、樹齢は1,000年である。幹には大きな洞があり、この洞の中にはベンチが置いてあり、訪れた人がよく座るという。
洞の内部にはたくさんの気根の形成のほかに、緑の葉をつけた萌芽枝の形成も認められる。
③クローハースト(Crowhust)教会のイチイ
このイチイはイングランドのリングフィールドにあるクローハースト教会内にある。幹周は10m、樹齢は3,000年とされている。幹には大きな洞があり、入り口には木扉がついている。かつて洞の中には10人ほどの人が利用できるテーブルやイスがあり、ここで食事をすることがあったとされている。
このイチイでも何本かの枝が下垂して地面や地中をはっているものがあり、なかにはそこで萌芽したり、発根したりしている。
3.オーク(Quercus ruber)
かつて、イギリスの大部分がオーク、ブナ、ニレなどの広葉樹林で覆われていた。この中でもオークは木の王様とされていた。それは、材質が優れ船や家をつくるのに適していたこと、樹相が美しく堂々としていること、オーク信仰といわれたように信仰の対象になったこと。文学や絵などの対象になったことなどが理由とされている。
イギリス人のオークに対する感情は強く、昔からオークはイギリスの木とさえいわれていた。イギリス人はオークなどの自然林が大変好きであったこともあって、経済的に価値の高い針葉樹の人工林に対しては、それほど魅力を感じなかったのではといわれている。
①ボーソープ(Bowthorpe)牧場のオーク
このオークはイングランドのマンソープのボーソープ牧場内に生育している。幹周12m、樹高は12m、樹齢は1,000年である。牧場内に孤立木状態で生育しており、樹冠は大きく広がって活力があり生き生きとしている。
幹は途中で折れたらしく、ずんぐりした樹形をしており、幹には大きな洞が見られる。かつて、この洞の中で多くの人が食事をしたといわれている。
②フリードビル(Fredville)牧場のオーク
このオークはイングランドのリトル フリードビルのフリードビル牧場内に生育している。
幹周は12m、樹高は25m、樹齢は不明である。イギリスのオークの中でボーソープ牧場のオークと並んで最大のものである。
ボーソープ牧場のオークと比べると幹周は同じであるが樹高は2倍もある。樹形は堂々としており王者の風格をもっている。外見上枝幹の折損は少ないが、よく見ると幹の途中に口を持つ大きな洞が認められる。
4.クリ(Castanea sativa)
このクリはスウェート チェスナッツともいわれ、食料のほかに薬の原料などに利用されてきた。
①トートワース(Tortworth)教会のクリ
この木は、イングランドのトートワースのトートワース教会内に生育している。幹周は13m、樹高は13m、樹齢は1,000年以上とされている。
この木は、イギリスのクリの中では最大のものである。多くの枝が垂れ下がり地面や地中をはい、そこで萌芽したり発根したりしている。そのほか母樹の地際や露出した地下茎からの萌芽の形成も見られた。これらの萌芽の中には成長して立派な幹となっているものが多く、母樹から独立した状態のものが20本ほども認められた。
②コンフォード(Conford)校のクリ
この木はイングランドのコンフォードにあるコンフォード校の校庭に生育している。
幹周は13m、樹高は17m、樹齢は不明である。主幹の大部分は枯死しているが、それを取り囲むように主幹の基部周辺から萌芽し、それが成長して幹化したものが10本ほど認められる。なお、この木もイギリスにあるクリでは最大級のものとされている。
5.プラタナス(Platanus hispanica)
イギリスではこのプラタナスの巨樹はあちこちに見られるという。
①アベェー ガーデン(Abbey Garden)のプラタナス
このプラタナスはイングランドのミッチスフロントにあるアベェー ガーデン内に生育している。幹周は12m、樹高は40m、樹齢は不明である。この木は、イギリスのプラタナスでは最大のものである。幹は基部で大きく二又に分かれ、枝幹の癒合が何カ所か認められる。
6.そのほかの巨樹・老樹
そのほかに、このたび訪れたNational Trust Stourton Garden, Royal Horticultural Society's Garden, Bedgebury National Aboretum, Kew Royal Botanic Gardenなどにはブナ、ボダイジュ、ニレ、ヒマラヤスギなどに巨樹が多く見られた。
なお、イギリスで見られた巨樹・老樹には枝の下垂しているものが目につき、なかには伏条し、そこで発根したり萌芽したりしているものが見られた。
7.おわりに
かつては、イギリスでも巨樹・老樹は人間生活と深いかかわりを持っていた。その主要なものに信仰とのかかわりがある。イギリスでは、かつてオーク、モミ、トネリコなどに神が宿ると信じられ、なかでもオークが最も主要なものであった。
このオーク信仰はイギリスのみならずヨーロッパ全部に見られたものである。それはオークが木の王様といわれるほど、その存在が大きかったほかに、オークにしばしば雷が落ちたことも関係があるとされている。つまり、ゼウス、ジュピター、トールなどの神はいずれも雷神であり、これらの雷神がオークを伝わって天から地に降りてくると考えられていたことにもよるものである。
神が木を伝わって天から降りてくるという点では、わが国の依代としての神木の場合と同じである。また、古くはオークの巨樹・老樹を神と崇め、そのオークのもとで政治、裁判などを行ったこともあったとされている。また、イチイのような長命な木は長寿のシンボルとされたりした。
材料としての利用の面では、イチイは弓などの材料として、オークは船や家をつくる材料として大きな役割を果たしてきた。また、塩、鉄、陶器などをつくるために必要な燃料として広葉樹が盛んに利用された。
かつて豊かな自然林を持ち木材の輸出国ですらあったイギリスも、こうしたことから巨樹を含む自然林の大部分が伐採され姿を消すことになった。
イギリスは、このように自然林を伐採し利用することにより、軍艦を主力とする軍備を強化し、また産業を発展させ、かつてスペインなどに比べて後進国であったのが先進国の仲間入りをしたといわれている。しかし、その後こうした自然破壊に対する反省が起こり、自然回帰の思想が生れるようになった。
巨樹・老樹の分野では、クーパーの『ヤードリ オーク(樹齢700年のオークを詠ったもの)』やワーズワースの『イチイ(イチイの老樹を詠ったもの)』などが世に出た。
こうした自然回帰の思想の流れの中で、田園都市協会やナショナルトラスト協会などが設立され、活発な活動が続けられているという。
現在、イギリスで見事な巨樹・老樹が残されていることについても、「森の民」を自認するイギリス人の自然を愛する心によることが大きいとされている。