一般に、樹齢というと樹木の個体としての年齢のことをさしているが、ごく稀にクローンの年齢をさしていることがある。巨樹とか老樹といわれているものは、普通、有性生殖でえられた個体で、樹齢はその個体としての年齢をさしている。
それに対して、クローンは無性生殖によってえられたものであり、クローン年齢は無性生殖が始まってからの年齢をさしている。従って、クローン年齢と個体の年齢とは別の概念なのである。
クローンは、人為的に行われているものとしては「さしき」や「とりき」によるものなどがあり、自然界では「伏条更新」によるものなどがある。このクローン年齢は個体の年齢にくらべて桁ちがいに長命なのが普通である。
ブドウやイチジクなどの中には有史以前から「さしき」による増殖が繰り返されているものがあるという。一般の樹木では、無性生殖によってどのくらい生きることができるのかはよくわかっていない。クローン年齢を明らかにすることは、どれだけ実用的意味があるかはともかく大変関心のあるところである。
これまで樹木のクローン群落として長命なものとしては、アメリカのモハーベ砂漠に生育しているクレオソート(クローン年齢は1万1700年)やオーストラリアのタスマニア島に生育しているロマチア・タスマニア(クローン年齢は4万年)などが知られている。
このたびはこれらとは別に、一般にはほとんど知られていないオーストラリアのタスマニア島に生育しているヒューオンパインのクローン群落(クローン年齢は1万2000年)を訪ねた。
タスマニア島はオーストラリアの南端で南極に面したところにある。面積は6万8000平方kmほどでわが国の北海道よりやや小さい。気候は温帯性気候で、その中の西岸海洋性気候に属している。
ヒューオンパイン(Lagarostrobos franklinii)のクローン群落はタスマニア島のマウント・リード(Mt Read)地区にある。この群落は、標高950mほどのゆるやかな斜面上にあり、その面積は約2haとされている(写真①)。しかし、その群落のかなりの部分は枯死しており、それらは白骨のようにみえる。この枯死の原因は山火事によるものとのことである。 枯死している立木の周辺には多くはないが生きているものがみられ、今も萌芽による雅樹の発生が認められる(写真②)。生きているものの中で最も年齢の大きいものは1670年である(写真③)。これら生きているもの、枯死しているもののDNAは同じであり、このことからこの群落は同じ遺伝子をもつクローンであることとみなされている。地面には枝幹か根かはっきりしないものが這っているのがあちこちにみられた。
立木の成長状態は良好でなく、年輪幅は0.2mmくらいのものが多いという。実際に成長錐を入れ、コアーを採取してみたが、その年輪幅はせまく肉眼で年輪数等を調べることはほとんど不可能であった。これまで顕微鏡などで調べた年輪数の最大は千数百であったという。これらの年輪を年輪年代学の手法で解析した結果、最も古いものはいまから5000年前に発生したものであることが明らかになった(写真④)。
このクローン群落のクローン年齢は年輪年代学の手法によって5000年であることまでは明らかになったが、これがさらに1万2000年であるとしたことには別の方法がとられている。
これまで知られている長命なクローン群落のクローン年齢は間接的に推定されている。アメリカのモハーベ砂漠のクレオソートのクローン群落の場合は地下茎の成長速度から1万1700年と推定されている。また、オーストラリアのタスマニア島のロマチア・タスマニアのクローン群落の場合は、自家受粉しないため種子ができず無性生殖によってのみ繁殖することから1つの苗からできた子孫とされている。そして、このクローン年齢は葉の化石と照合した結果4万年と推定されたのである。
ヒューオンパインのクローン群落の場合は、これらとはまた異なる方法がとられている。このクローン群落からそれほど遠くないところに1万2000年前の地層があり、その地層の中にヒューオンパインの花粉が認められている。その花粉が、このヒューオンパインのクローン群落のものであるというのである。その根拠として次のことがあげられている。
(1)この花粉のみられる地層のまわり20km以内に、このクローン群落以外にヒューオンパインが生育していないこと。
(2)地形、風向きからみて、このクローン群落からの花粉であると考えられること。
これらのことから、1万2000年前の地層にみられる花粉は、このクローン群落のもの以外には考えられないというのである。従って、このヒューオンパインのクローン群落は1万2000年前に発生したものであり、そのクローン年齢は1万2000年であるというものである。
このクローン群落のクローン年齢を1万2000年としたことについては若干の疑問があり、それをあげると次のようである。
(1)1万2000年前頃、この地層の近くに別のヒューオンパインが生育していて、その花粉がこの地層に飛んできたということも考えられないだろうか。そして、このヒューオンパインがその後何らかの原因で枯死し、いまは認められないということもありうるのではなかろうか。
(2)島内のさる川の岸辺におびただしいヒューオンパンの雅樹が発生していた。これらは5kmほど離れたところに生育しているヒューオンパインの種子が飛んできて発生したものとのことであった。
もし、それが事実であるならば種子よりはるかに小さい花粉は種子よりはるか遠くまで飛ぶことができ、20km以内に他のヒューオンパインが存在していないことが、1万2000年前の地層の花粉が、このヒューオンパインのクローン群落のものであるという決めてになるものであろうか。
(3)地形、風向きなどからヒューオンパインのクローン群落から飛んできたとしか考えられないとすることについても、1万2000年前もいまと同じ風向きであったといいきれるものであろうか。
これらの疑問点から、このヒューオンパイン群落のクローン年齢を1万2000年とすることについては、その可能性は大変大きいとしても断定することには少し無理があるように思われた。
この問題を解決する方法としては、すでにクローン群落のDNA分析が行なわれているのであるから、1万2000年前の地層内にある花粉のDNA分析を行い、それと同じかどうかを調べればよいことになる。
しかし、残念なことに地層内の花粉のDNAを分析する技術をいまのところもちあわせないとのことであった。今後、この地層内の花粉のDNA分析が可能になることを期待するものである。
もう一つの方法として、現在は発見されていないが1万2000年前に発生したとされている親木を発見することである。5000年前に発生したものの材がほとんど腐らずに残っていることから(写真④)、もし1万2000年前に親木が発生したものであるならば、その材が地上または地中に一部であっても残っている可能性があるのである。それを探して年輪年代学や放射性炭素分析などの手法を用いれば年齢を明らかにすることができるものと考える。
今後、これらの方法または他の方法でクローン年齢が明らかにされることを期待するものである。
タスマニア島には手つかずの森林があちこちにみられた。そうした森林の中にはわが国でいう巨樹に相当するものが多く見られる。その1、2をあげると次のようである。
(1)ユーカリ:オーストラリアにはユーカリの種類は500を超えるとされている。その中には成長の著しいものが少なくない。このたびはEucalyptus regnansで巨大なものを多くみることができた。そうした中で特に巨大なものは写真⑤のようである。この巨樹はタフネ・フォレスト・リザーブ(Tahune Forest Reserve)地区に生育しており、樹齢は400年、胸高直径は6.2m、樹高は87m、材積は368立方メートルでユーカリの中でも最も巨大なものとされている。
(2)キングビレイパイン:キングビレイパイン(Athrotaxis selagioides)でも巨樹が多くみられた。その一つをあげると写真⑥のようである。この巨樹はクレイドル・バレー(Cradle valley)地区に生育しており、樹齢は1000年で、幹は大きく損傷しているが幹周10mくらいはあるとみられた。
タスマニア島には、まだ一般には知られていない巨樹が多く存在するという。例えば、ヒューオンパインで樹齢3000年の巨樹が最近発見されている。また、ヒューオンパインのクローン群落の近くの小さい湖の周辺には樹齢が1000年もあるものが6樹種で認められるとのことである。タスマニア島には、巨樹のみならずクローン群落でも超長命なものがまだ存在している可能性があり、今後の調査が期待されるものである。