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1.はじめに
2003年10月にアフリカ東南部にあるケニア、タンザニア、ジンバブエ、南アフリカに生育するバオバブの巨樹を訪ねた。
バオバブはキワダ科に属し、現在10種が存在することが知られている。10種のうち8種はマダガスカルに存在し、アフリカとオーストラリアに、それぞれ1種が存在している。アフリカに存在する固有種はAdansonia digitataである。
アフリカには、このA.digitataのほかに何種かのバオバブが生育しているが、これらは人為的にアフリカに持ち込まれたものとされている。アフリカの固有種であるA.digitataはアフリカに広く分布し、今回訪れたケニア、タンザニア、ジンバブエ、南アフリカのあちこちに生育しているのが見られた。しかし、その生育のほとんどは半乾燥地帯であるサバンナにおいてであった。
2.バオバブの巨樹
(1)ケニア
ケニアの広大なサバンナ地帯には多くのバオバブが生育していた。しかし、その生育密度は場所によって著しい違いが見られ、見渡しても1本のバオバブも認められない所もあった。また、生育密度の高い所でも樹冠が接しているような群生地は全く見ることはできなかった。
ケニアでは、日本の巨樹の定義である地上1.3mの幹周3m以上と思われるバオバブはあちこちに見られた。しかし、特記するほどの巨大なものは、今回訪れた所では見ることはできなかった。
(2)タンザニア
タンザニアではケニアに比べてバオバブの巨樹を見る機会が多く、巨大なものも少なくなかった。
その中で特に巨大でタンザニアで最大とされているものを見るとのようである。幹の太さのわりには樹高はそれほど高くなく、ずんぐりとした樹形である。地上1.3mの幹周は16mで、樹齢は1,000年以上とされている。
(3)ジンバブエ
ジンバブエでも幹周3mを超えるバオバブの巨樹はよく見られた。
その中で、ジンバブエでは最大級の太さを持ち、巨像が佇(たたず)んでいるかのようにも見える奇妙な樹形を持つ巨樹を挙げてみるとのようである。
このバオバブはサバンナというよりミオンボ(乾燥疎開林)と思われる所に生育していた。この巨樹の幹周は18m、樹齢は不明である。
(4)南アフリカ
南アフリカの北部でジンバブエとの国境に近い所に、南アフリカで最大の太さを持つBig treeと呼ばれている巨大なバオバブが生育している。
この巨樹は、1999年にLewington等によって計測され、直径が13.7mもあり、おそらく世界で最大の太さであろうとされているものである。樹齢については不明であるが、1,000年は超えているものと考えられている。
この巨樹にはいくつかの太い枝幹があり、その中には地面に接するまで傾いているものもあり、その上に10人や20人が容易に乗ることができるものであった。
3.象によってあけかれた幹の穴
サバンナに点在するバオバブの中には幹に大きな穴のあいているものがよく見られた(写真⑤)。これらの多くは象によってあけられたものである。
バオバブの幹内はスポンジのように多くの水を蓄えることができる。マダガスカルは約10トンの水を蓄えている例も知られている。
サバンナでは、乾季になり水が不足すると象がバオバブの幹に穴をあけ、幹内の水を吸い取ることがあるとのことである。
4.落雷による被害
多くの樹種で落雷によって被害を受けることはよく知られている。その被害は枝幹の折損や燃焼などが多い。
しかし、バオバブではこれらと全く異なる様相を呈するという。それは、落雷を受けたバオバブは木端微塵(こっぱみじん)になって飛び散ってしまうというものである。
しかし、にわかには信じ難(がた)かったので、その証拠となるものを探してみたが、残念ながら今回は見つけることはできなかった。
5.樹皮の再生
気象害、病虫害によって樹皮がはげたバオバブや人為的に剥皮(はくひ)されたバオバブで、樹皮が立派に再生されているものをよく見ることがある
多くの樹種で、傷口周辺の形成層から巻き込みが起こり樹皮が再生していくことはよく見られることである。バオバブでもこうした巻き込みによる樹皮の再生は認められる。
しかし、バオバブではこうしたタイプの樹皮の再生では説明しにくいものが見られる。幹の空洞内で見られる樹皮の再生や、樹皮の利用のため人為的に剥皮されたあとの樹皮の再生などにそれが見られる。
ふつう見られる巻き込みによる樹皮の再生は波が押し寄せるように発達していくのに対して、これらはほぼ一斉ではないかと思わせるような樹皮の再生が行われている。
これらのことから見て、樹皮の再生能力の高いバオバブでは、巻き込み以外のタイプの樹皮の再生の仕方があるのではないかと思われる。
例えば、木質部などに一部見られる生きた細胞から発達した樹皮の再生など、ありうるのではないかと考える。
バオバブの樹皮の再生については、今後、調査研究してみる必要があろう。
6.人間とのかかわり
バオバブと人間とのかかわりは多岐にわたっている。
(1)材料
①幹:空洞のある幹は貯蔵小屋、野生動物の避難小屋、牢屋(ろうや)、墓などに利用されてきた。また、ゴールドラッシュのころは酒場として利用されたこともあったという。
②樹皮:靭皮(じんぴ)繊維がよく発達し、かつ丈夫であることからロープ、網、籠、工芸品その他多くの分野に利用されてきた。そのほかに解熱などの薬としても利用されてきた。
③葉:葉は薬として利用されてきたほかに、家畜の飼料として、また、所によって野菜として人間の食料にも利用されてきた。
④果実、種子:果実はお菓子や飲料水に、種子は薬として利用されてきた。
⑤根:根は薬として利用されてきたほかに、若い木の根は食料としても利用されてきた。
(2)伝承、神話
バオバブの樹冠は一般の木の根系のように見えることもあって、これにかかわる伝承、神話が見られる。
最もよく知られているのは、神様や悪魔が引き抜いて逆さまに植えたため、あのような樹形になったというものである。
そのほかに、アフリカでは昔、神様が動物たちにそれぞれ木を与えていたが、ハイエナにはバオバブを与えた。ところがハイエナはそれが気に入らず投げつけてしまった。それが逆さまに根づいたため今日見るような樹形にあったというものである。
また、アフリカではバオバブに精霊が宿ると信じられており、ザンビアでダム建設によって湖底に沈むことになった精霊の宿っているバオバブを守る運動があったという。
(3)その他
そのほかには、紙幣の図案(南アフリカ)、切手の図案(ジンバブエほか)などにバオバブが利用されてきた。
7.おわりに-バオバブの減少問題
バオバブのようにいろいろの分野で人間とのかかわりを持つ樹種はそう多くないと思われる。
このバオバブが、今、減少していくことが危惧(きぐ)されている。そして、その減少に人間も大きなかかわりを持っていることが指摘されている。
バオバブはアフリカに広く分布しているが、サバンナに点在しているだけで、その数はそれほど多いものでないとされている。
サバンナに生育しているバオバブで、樹冠が接しているような密生地は見ることはできなかった。
また、点在しているバオバブの周辺には後継樹となるべき稚苗、稚樹は驚くほど少なかった。バオバブはサバンナのように、他の多くの樹種にとってあまり生育環境として良いと思われない所に生き延びているかのようにも見えた。
サバンナでは、バオバブの種子がつくられても降水量が少ないため水分条件が悪く、種子が発芽して生育するのが困難とされている。それに加えて人間とのかかわりが発芽や生育を難しくしているという。
例えば、バオバブの生育地の畑その他への転用、樹皮や果実の利用、放牧のための野焼きなどがそうである。
剥皮されたバオバブは台風などの強い風に弱く、枯死するものが多いそうだ。野焼きはせっかく発生した稚苗、稚樹を枯死させてしまうという。
マダガスカルではあるが、神木として貴重であったバオバブの巨樹が、周辺に水田がつくられたことによって根腐れを起こし、最近枯死してしまったという。
もともと他樹種との競争力がそれほど強くなく、繁殖力もそれほど大きくないと見られるバオバブに対する人間のかかわりが、減少問題をより大きくしているようである。
バオバブの生育地として有名なマダガスカルでは、バオバブの苗木を養成して植林を行っている所があるとのことである。
アフリカ本土でも、今生育しているバオバブを保護するとともに、苗木を養成して植林するなどの対策を講じていくことが必要であろう。