以上に述べたのは、新築病体策の試験を手伝うことになった私だが、実験を通して感じた疑問のいくつかであった。ところがここでもう一つの大きな疑問があるそれは健康住宅と呼ばれているのは、その内容は実は空気清浄住宅のことではないかということである。健康に関係する項目は、空気以外にもたくさんある。
カビ・ダニの問題もそうだし、音、光、熱についてはもっと大きな問題が残されている。さらに安全や日常災害の問題もあるし、 人間工学的な問題も含まれなくては片手落ちになろう。空気清浄に関する問題をクリアーしたら、それで健康のすべてが合格だという受け取り方をされたら困ると、私は思う。私の専門は人間工学だが、その立場からの疑問もある。以下それについて書いてみよう。それは保護と訓練のバランスという問題である。
「保護すれば弱くなる」というのは生物学の大原則である。 生まれつき弱い体質の人には保護が必要だが、普通の健康な人にとっては、訓練は忘れてはいけない項目である。人間工学は快適な環境を整え、便利なものを作るのに役立つ科学であるが、程々の不便さを残さないと、人類は滅亡してしまうという恐れがあるという意見もある。だから人間工学の本当の役割は、便利さと不便さとの境界に線を引くことにあると考える人も出てきた。
そのことを説明するには、ブタとイノシシの例をあげると分かりやすい。ブタは野生のイノシシを家畜化したものである。両者がまだ近親の関係にあることは、イノブタという合いの子が生まれることからもわかる。野生のイノシシを捕まえてきて、敵の来ないように柵を設け、陽の当たらないように屋根をかけ、腹の減る前に餌を与えて、保護に保護を重ねたらブタになった。イノシシは強くて健康的だが、ブタは肉の固まりを脂肪で取り巻いた体になったから暑さに弱い。高温になるとコロリとトン死する。ところで私たちは分明の恩恵を受けて、すべての物が便利になっだけ、自己家畜化の方向に進んでいる。つまりブタ化しつつあるということだ。
これは怖い話である。もう一つハチの話を書こう。ある動物学者は高山でハチを採取した。これを飼育するために、昆虫の棲むのに一番適当と考えられる、ショウジョウバエの温度湿度の条件下においた。ところがハチはみんな死んでしまった。そのハチが棲んでいたのは、昼は高温、夜は寒冷の過酷なところだったので、人工飼育の恵まれすぎた条件が、かえって仇になったのである。彼はそれを知って愕然としたという。濁り水からとったメダカは清水では死んでしまう。保護と清浄が必ずしも良い条件とは限らない場合もあるのである。