v2.8

彗星夢雑誌/古文書


幕末の政治・情報・文化の関係について

前国立歴史民俗博物館長 宮地正人氏のご協力を得、1988年11月5日 愛知大学記念会館での講演から製作しました。


一番多いのは、言うまでもなく徒目付からの情報であります。そして徒目付の下に御小人目付という役人がいますが、この徒目付・御小人目付の情報が一番多いし確実なものです。これは、なにも幕末に体制が整ったわけでなく、幕初からあったと思うのですが、その統轄は高校の教科書にでてくるように目付が徒目付・御小人目付を統轄し、その下に徒目付組頭というものがあります。その下にこういう人々が指示を受け情報を集める。そして、情報を収集する対象は全国であります。江戸のみならず京都でも大坂でも、それから長崎でも直ぐに行きます。そういうものが集められますと、統轄する目付を通じて老中や大老に提出されます。ですから、井伊家史料に残っている資料は写しです。下から目付を通じて出された徒目付・御小人目付の報告を、それぞれ大老なり老中は公用人というものがいますから、そういう人達が手分けして写すわけです。ぐるぐる回覧しなければいけませんから、ずっと取って置くわけにはいかない。一つの目付の報告書がありましたら、数人で分けて写してまた次に回す、というような報告書の写しが井伊家には非常に残っています。ただし、幕府は一つの巨大な国家構造ですから、情報収集は徒目付・御小人目付の独占業務だったのではないのです。
江戸町に関しては、町奉行配下の情報収集システムが縦横無尽に機能します。町奉行の下には、定廻・臨時廻・隠密廻という三つの役があり、江戸市中の出来事は始終、これは毎日ですが、情報を集め上に上がります。これも最終的には、老中に上がる形になるわけです。幕末期を見るとき、一番よく出てくるのは水戸の問題ですが、水戸の関係者が江戸に入ったとか、或いは江戸から出たとかの報告がかなり残っています。そうしますと、江戸の町を押さえるやり方はいくつかありますが、一つは江戸と外の境目をいかに押さえるかが大きな問題となってくる。具体的には、品川、内藤新宿、板橋、千住であります。この四つの問屋、或いは宿場を押さえるということが、この町奉行配下の情報収集者の大きな仕事になってくるわけです。

<戻る   4頁    次へ>

幕末の政治・情報・文化の関係Topにもどる