最近になって、木の家の関心が高まって地元の木を使って家を造ろうという運動が生まれた、民家を愛する人たちが集まって、NPOの民家再生リサイクル協会も作られた。その誕生の動機はどこにあるのだろうか。
工業化住宅の手本にしたヨーロッパは、日本とは気候条件が違うから、構造は組石造りで壁が厚く、窓の小さい家が適している。しかし、日本は気候条件が大きく違う。
古くから「住まいは夏を旨とすべし」が大原則だと教えられてきた。開口部の広い風通しのよい家が、理想像であった。木の柱、太い梁、厚い縁甲板の床に馴染んできた。それが柱がなくて薄っぺらなツキ板や壁紙に囲まれたインテリアに変わった。最初のうちは、その美しさにひかれたが、暮らしているうちに、その厚化粧に飽きてきたのである。
一方、アメリカを手本にした考え方にも矛盾があった。アメリカは、広い住宅が多いうえに多種類の民族が住んでいるから、住宅供給社は、課長村、部長村、重役村というように多様なコミュニティを、どんどん造る。住み手は、身分の上るごとに、それに合う住まいを、買って移っていく。日本に例を取るなら、自動車の買い換えに似ている。アメリカ人が、一生涯に数回、住宅が変わるというのは、そのことを指している。
一方、日本では、先祖代々同じ土地に住み、古くなれば建て替える。一方、家族は常に変化するから、家は5年経ったら少し改造したくなるし、10年経ったら、大改造をしないと住みにくい。ということは、可変性空間に対する考慮が必要だ、つまり、リフォームのしやすい家でないと、困るからである。
ところが、工業化住宅の中には、生産の便利さに重点を置いて、改造の難しい家がある。プラモデルのように、部品を交換できるだけが売り物という家もある。それに対して、木造の家はリフォームがしやすい。これが、魅力の一つであろう。
私たちは、洋風化によって、椅子式生活を取り入れたが、その歴史はまだ短い。だから、忠実にヨーロッパの真似をする過程は一度は通らなくてはならない道であった。だが、安物の椅子で、狭い住空間を占領される不便さをようやく体験したのである。どこの家でも、家族の数より椅子の数のほうが多い、というのが実態であろう。
その矛盾を解決する工夫が、今後の課題の一つである。それには、住まい方の研究が必要だ。椅子式と床座式の組合せをどのようにするかがそのポイントの一つである。