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    ID:
    28787
    年:
    2013
    月日:
    1012
    見出し:
    [北海道の栃木]入植の子孫、谷中村跡訪問
    新聞名:
    読売新聞
    元UR(アドレス):
    http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/news/20131011-OYT8T01386.htm
    写真:
    【写真】
    記事
    足尾銅山の鉱毒被害や渡良瀬川の水害で故郷・栃木を追われ北海道佐呂間町に渡った入植者の子孫5人が11日、鉱毒・治水対策で強制廃村となった旧谷中村(現・栃木市)のあった渡良瀬遊水地を訪れた。
    きょう12日に佐野市で開かれる田中正造の没後100年記念式典に合わせて来県した。
    入植 に至ったルーツを改めてたどり、強制廃村と闘った正造に思いをはせた。  「母から悲しい廃村の歴史は聞いていたが、今回、初めて来ることができた」  入植3代目の酪農業千葉清美さん(80)は共同墓地にある古い墓石を眺めて、しみじみと語った。
    千葉さんの母は、栃木県旧寒川村(現・小山市)の出身。
    旧谷中村の住民とともに佐呂間に入植し、廃村の経緯やその後の入植の歴史は母や周囲の先輩から何度も聞かされてきた。  入植したのは、旧谷中村の十数戸と、鉱毒被害や渡良瀬川の水害に苦しむ下都賀郡南部8町村の66戸。
    約240人は県の斡旋(あっせん)で1911年(明治44年)4月、佐呂間町に移り、集落「佐呂間町栃木」をつくった。
    斡旋は「南向きの肥沃(ひよく)な土地」とのふれこみだったが、実際には三方を山に 囲まれ、冬は零下30度近くにもなる極寒の地だった。
    入植者は苦難の末に約400ヘクタールに及ぶ原生林を切り開き、現在、住民の多くは酪農業などで生計を立てている fff:

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