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2011年- 木材つなぐ金具に工夫 |木製品、木、木工などのネット新聞情報 |木の情報発信基地
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- ID:
- 50399
- 年:
- 2011
- 月日:
- 0506
- 見出し:
- 津波に耐えた木造100年工法 木材つなぐ金具に工夫
- 新聞名:
- 朝日新聞
- 元UR(アドレス):
- http://www.asahi.com/housing/news/TKY201105020119.html
- 写真:
- 【写真】
- 記事
-
東日本大震災の大津波に流されなかった木造の建物があった。
建築会社「シェルター」(山形市、資本金5千万円)を営む木村一義さん(61)が、「100年たっても大丈夫な木の建築を」と手がけた工法でつくった施設だった。
津波に耐えたのは、宮城県南三陸町の歌津公民館と同県石巻市の北上総合支所。
公民館は、周辺の建物のほとんどが流されたなかに、ぽつんと残る。
支所はコンクリート部分と比べて、木村さんの工法をつかった木の部分は傷みが小さかったという。
木村さんは大工の4代目として建築を学び、米国留学もした。
木材と木材をつなぐ金具の工夫で、木の強さを引き出す「KES構法」と名付けた工法を編み出し、1974年に会社を起こした。
柱の部分、つまり構造体だけの価格は、ふつうの木造より5~10%高くなる。
リフォームの際に導入できる場合もある。
建てた家が100年もてば、子ども、孫は住宅ローンから解放される。
そんな発想で、81人の社員とともに木造の住まいを全国でつくり、中規模以上の建物には技術を提供してきた。
年商は36億円だ
95年の阪神大震災では、神戸市のある地域は壊滅的な被害を受けたが、KES構法でつくった3階建ての木造家屋は残った。
震度7クラスまでの地震には自信があった。
大津波には不安がよぎったものの流されなかった。
「うれしかった。
でも、多くの建物ががれきになり、たくさんの命が奪われた。
複雑です」
木村さんは、避難所になった山形市の市総合スポーツセンターに80世帯分の間仕切りを提供した。
プライバシー確保のためだ。
「これからも、できる支援をしていきます」
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