の方々大小炮手夥敷御繰出しの由申来候
九日出芸長人へ公儀御手より事を始
候事ニ相見へ申候
十四日奇兵隊浪士より可部安家の陣へ
夜打入候て浪士ハ餌兵ニて二十人余打入
候て弱を示し敗走の体家氏の兵追討
ニ出伏兵の為ニ大ニ破られ候て怪我人多
く候由彦根の手も右の通りの由もはや
相楽ニ勝敗の論と相成リ候事由何分
御勝利祈如く事ニ候
本藩も追々御繰出し西下の由新宮侯も
御立出承リ事ニ候
君上ニも三日御西下と申専市中風説仕候
外ニ珍説拝承候処
五月二十六日向笠三之介殿
御坐所より御下り御旅宿ニて御自裁の
由事柄ハ未承リ候得共兼て向笠士林中の
先三屈指中の人忠諌不被用処より
の事ト察し入候向笠職に死し候事ハ可
喜可傷国家善士無之ようニ相成