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日本人と木の文化

第6章 造形材料としての木

12.樹木から学ぶもの

木には意志がないから、生育の様子を見ていると、生物社会のある側面をそのまま正直にあらわしていることが多い。例えばスギを密植して育てると、やがて生存競争が始まるが、その中に少しでも伸びのよいものが出ると、樹冠がひろがって隣の木の陽当たりは悪くなる。陽光が減ると生長は鈍くなるから、競争条件は悪化し、ついに戦列から落伍していわゆる被圧木になってしまう。競争に勝った木はますます伸びるが、これも密植した状態になっていくから、根元のほうには陽が当たらない。そのため下枝は枯れ落ちて、幹は無節で元も末も同じ太さの材になる。つまり同質同形の木ばかり育つので、電柱の用材などにするにはこのやり方は都合がよいが、変化に富む個性のあるものは得られない。
 一方、庭の真ん中に一本だけ生えた木は、陽光が全体に当たるから、幹は根元が太く先細りの円錐形に育つ。下枝がいつまでも落ちないから節も多い。一本一本の木は形も材質もばらばらだから、ふつうには用材としては使いにくいが、個性のある板がとれるので、用途によっては面白い使い道がある。考えてみるとこれは教育に似ている。密植生育は学校教育にあたり、孤立木は個人教育にあたるわけである。
 樹木を育てるにはある程度の保護は必要だが、それも度を超えると弊害をともなう。自然に生えた森林をみると、ある一種類の木だけで独占してしまっているというようなことはまずない。いろいろな木が混じり合って一つの林をつくっているのである。エゾマツ、トドマツの純林というのは、北方の限られた地域にだけあるものと考えてよい。 人工材というのは、雑木や下草を切り払うことによって人為的に純林を成り立たせるものである。造林地に木を密植すると、陽光を通さないから下草が生えない。また生えてもそれに養分を取られては困るから、造林の効率をよくするために刈り取ってしまう。その過保護がやがてアダになって返って来る。
 たとえばヒノキの造林であるが、落葉すると葉はウロコのようにこまかく分かれるから、雨が降ると流れてしまう。自然林なら下に生えている雑木の落葉におおわれて、そのまま腐朽し、やがてふたたび木の栄養分として吸収されるはずであるが、下草がないために雨のたびに洗い流されて、地表は常に裸地になっている。つまり目先のソロバンに追われて雑木や下草を取り除いた過保護は、結局は木のためにならず、山の破壊にまでつながるということが、いま憂慮され始めているのだという。「保護をすれば弱くなる」というのは生物学の原則である。思うにむかしは過保護しようにもできなかったけれども、いまはなんでもできる。だからといってただ大事にするだけが真の幸福につながるものではないのである。
 これと似たような話が環境工学の中にもある。最近は住宅設備機器の発達によって、室内気候はどんな状態にでも望みのままにコントロールできるようになった。だが果たしてそれがよいことなのか疑問を持つ人も出はじめた。医療機器の進歩による検査漬け、薬漬けが疑問視されてきたように、住宅もまた設備漬け、電化漬けへの傾向をチェックしなくてもよいのか、という反省である。
 さる動物学者は深山で珍しいハチを採集した。これを保護するために、昆虫にいちばん適当と考えられているショウジョウバエの温度湿度の条件下において飼育したところ、みんな死んでしまった。そのハチの棲んでいたのは、昼は高温、夜は寒冷の過酷なところだったので、人工飼育の恵まれ過ぎた条件が、かえってアダになったのである。濁り水から採ったメダカは清水では死んでしまう。身体障害者の生活環境も、あまり親切にづくりすぎるのは駄目で、ほどほどの不便さを残しておかないと、リハビリテーションの目的には合わないという。
 短い時間の中で測った快適さに合わせるだけでよいと思うのは早計である。人間の知恵のほうは短時間のうちに技術革新に対応できるが、肉体のほうは何百万年もかかって自然に合うようにつくられてきたものだから、五年や十年で適応できると考えることは危険ではないか。頭とからだとの間には適応の時間に何十年もの距離があるのではないかという疑問である。そういう反省を樹木は私たちに無言のうちに教えてくれるのである。

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