第6章 造形材料としての木
10.枯らしの効果
木でものをつくるとき一番困るのは狂うということである。それは水分の出入りによって伸びたり縮んだりするためであるが、そのことについては前にも説明したところである。
ところで木の中に吸収された水分は、細胞壁の非結晶領域にまでは入って行くが、結晶領域のところには入れない。とすれば古材は結晶領域が増えているから、水分の吸収量が新材よりも減っているはずである。 それを調べたのが図1(一七七ページ)である。古材はどの湿度の条件下でも新材よりも常に含水率が低くなっている。ヒノキ古材の板目の伸縮率を調べてみると、図2(同)のように新材は六パーセントであるが、材が古くなるにつれて伸縮量が減り、法隆寺材は四パーセントになっていることがわかった。これは吸湿量が減っているためである。
ふつうに「枯らしの効果」とよんでいるのはこのことであるが、ここで注意したいのは、伸び縮みの量は減るがゼロになることはないということである。なぜなら木はセルロースでできているから、何千年経っても水分を吸ったり吐いたりする。水分を吸わなくなれば、それはもはや木ではないという意味でもある。
以上は古材の材質の変化について述べたが、それからわかったことは、木造建造物を長くもたせるには、広葉樹よりも針葉樹のほうが適しているということである。一般に木材の強さは比重に比例するから、軽軟な針葉樹よりも、重くて硬い広葉樹のほうがよさそうに思えるが、老化に対する抵抗は針葉樹のほうが大きいから、結局は長持ちすることになる。老化の抵抗力が強いのはリグニンの含有量が多いためである。木はセルロースのフクロをリグニンで固めたものであるが、リグニンが多ければフクロを保護するから崩壊の速度は遅くなるのである。それはちょうどアルミニウムとアルマイトとの違いと考えればわかりやすいであろう。 右のように考えてくると、法隆寺や正倉院のような古建築が、今日なおよく輪奥の美を伝え得ているのは、構築材であるヒノキの優秀性に負うものであることがよくわかる。もしケヤキのような広葉樹でつくられていたら、とうてい今日の姿を保つことはむずかしかったであろう。 次は木肌の色について書く。新しいときはヒノキはふつう淡黄の白色であるが、古くなると褐色を帯びてくる。これも古材の特徴の一つである。古材は表層の風化したごく薄い層を削れば、それより内側は柱の中心まで一様で、内側と外側の間には差がない。この着色を色度計で測ってみると、色度にはほとんど差がなく、明度の違いによるものであることがわかる。古い材ほど色が濃くなっていくが、その理由はセルロースが崩壊して抽出成分に変わり、それが酸化によって着色するためである。従って着色の度合いは、木の古さを示す目安と考えてよい。事実私のところに集めた多数の試験材を、色の濃い順番に並べてみると、年代の順番とほとんど一致するのである。
以上に述べた「木材の老化」は私の学位論文であるが、その詳細は「千葉大学工学部研究報告」(昭三三)に記載してあるので、興味をお持ちの方はそれを参照していただきたい。
*図1 古材と新材の吸湿性の比較(ヒノキ)
*図2 伸縮率の経年変化(ヒノキ板目)