貞観期の特色を材料的にみると、木材の美しさ、特にヒノキの材質の美しさを遺憾なく発揮させた時代である、ということができる。この時代の特徴である翻波式衣紋の鋭いしのぎは、ヒノキのねばり強い材質と、よく切れる刃物と、冴えた腕の三拍子がそろうことによって、はじめて生み出すことのできた結晶である。さきにあげた京都神護寺の薬師如来像の顔面(九七ページ写典)を見る人は、あの美しいノミあとに、刃物の切れ味を楽しみながら彫ったであろう仏師の姿を想像することができる。
木彫界の第一人者であった故佐藤玄々先生から、東京三越本店の中央ホールに飾られている「天女の像」を彫るときの苦心談を聞いたことがある。そのとき「私は生涯、わが命よりも木を愛し、刃物を大切にしてきた」という言葉を聞いて、ひどく感激したことを思い出す。木材と刃物こそは彫刻師の生命である。佐藤先生のお話によると、彫刻用材の中で最も入りやすいのはヒノキだが、最も難しいのもまたヒノキだという。木口をみると、下手なものは粉を吹いたように白くなっているからすぐ分かる。木口をきれいに仕上げるには、よほど刃物が切れなくては駄目だとのことであった。
ついでながら木材と刃物との関係について、東京芸術大学名誉教授の西田正秋先生から聞いた話をつけ加えておこう。彫刻の名人といわれるほどの人は、非常に鋭い体感をもっておられるが、それは言葉としては表現しにくいから、書きものとして残っていない。西田先生はその貴重な名人の体感をメモしておこうということで、何人かの方々のところを廻られたそうである。平櫛田中先生のところにお伺いしたとき、サクラ材の良否の見分け方についてお話を承ったが、どうも説明の意味がわからない。そこでさらに繰り返して質問したら「ほらこのことだよ」といって、手許にあった小さな材片をさっと削って差し出された。それを受け取ろうとして指の先が削り肌に触れたとき、手触りがまったく違うことに気がついて、名人の体感の鋭さに改めて敬意を払ったというのである。いささか禅問答めいた話だが、それほど木と刃物とは密接な関係があるのである。
もう一つ刃物についての話だが、佐藤先生は弟子が刃物を研ぐ後ろ姿をみて、研ぎあがりの角度が分かったという。それほど彫刻家は木と刃物とに生命をかけているのである。そういうことを頭におかないと、貞観期における白木の木彫の秘密は理解できないと思う。
なおここで、木の切削について簡単につけ加えておきたい。一般に工具は簡単なほど、材質がそのまま手にひびいて来るが、機械化すればするほど、材質の良否は影響しなくなってしまう。例えばノミで削るときと、カンナで削るときを比べると、カンナはカンナ台という中間物が手と木の間に入るから、力の入れ方が少しくらい違っても同じように削ることができる。しかしノミは手と木との間に何もないから、ノミのさばき方次第で切れ方はまったく違ってくる。一方、木工機械になると、もはや材は硬くても柔らかくても関係がない。手にひびいてくるのは僅かに材を押すときの力だけだからである。そう考えればノミを唯一の武器にする彫刻師たちが、材の選択に命をかける理由が、よくわかるような気がする。
*神護寺・薬師寺如来像(ヒノキ)。美しいノミのあとがよくわかる貞観期の特色を材料的にみると、木材の美しさ、特にヒノキの材質の美しさを遺憾なく発揮させた時代である、ということができる。この時代の特徴である翻波式衣紋の鋭いしのぎは、ヒノキのねばり強い材質と、よく切れる刃物と、冴えた腕の三拍子がそろうことによって、はじめて生み出すことのできた結晶である。さきにあげた京都神護寺の薬師如来像の顔面(九七ページ写典)を見る人は、あの美しいノミあとに、刃物の切れ味を楽しみながら彫ったであろう仏師の姿を想像することができる。