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日本人と木の文化

第3章 クスノキの時代とアカマツ像の秘密

5.二つの弥勒像

さて話はもう一度仏像に戻る。昭和三十五年に広隆寺の宝冠弥勒像の右手の薬指が折られるというアクシデントがおこった。この修理を担当されたのは元東京芸大教授の西村公朝氏であるが、西村氏は宝冠弥勒像の木取りが、曲がった材木を使ったため、木裏から木表に向かって彫るという普通とは逆の彫り方をしていることを発見し図(七七ページ)のようなわかりやすい木取りの説明図を発表した。もし朝鮮半島で彫ったなら、もっとほかのマツ材が選べたはずだから、これはおそらく霊木として朝鮮半島から献上されたアカマツを使って、日本で彫ったのではないかという説を立てられている(西村公朝「東京芸大美術紀要」第四号、昭四四)。またこの像の腰紐の房の部分はクスノキでつくられているが、これもアカマツ材の不足を補うために、日本で彫ったからこそ、クス材を使ったのではないかという。いずれにしても、用材がアカマツであることが朝鮮半島と強く結びつくことは間違いないところであろう。
 なお指折り事件についてもう一つ付け加えておくと、田中重久氏は「明治のはじめにこの像は非常に傷んでいたという。そして折れた薬指は細いうえに目切れがしているので後補であろう」という説を立てた(田中重久『弥勒菩薩の指』昭三六)。西村氏の調査によって、折れた薬指はアカマツであったからもとのままで、隣の小指と人差指はヒノキだったので後補であることが判明した。つまり田中氏の推察はまったく的をはずれたものではなかったわけである。最初の用材がなんであろうとも、修理のときには無条件にヒノキを使うことは、鎌倉時代以降にみられる一般的な傾面であるが、この像の場合にも、そのことが裏付けられたのである。
 さて現在韓国には,広隆寺の弥勒とそっくりの仏像が残っている。ソウル中央博物館の金銅弥勒菩薩像がそれで、昭和五十一年の「韓国美術五千年展」で、日本でも展観され大きな関心を呼んだ。素材が木と金銅という違いはあるが、「瓜二つ」という言葉が当てはまる程よく似ている。そのため二つの弥勒像の関係が大きな話題になった。このことについては『美の秘密』(山田宗睦、小原二郎ほか、日本放送出版協会、昭五七)に詳しく書かれているのでそれを参照していただきたい。 一方『日本書紀』には推古三十一年(六二三年)に、新羅から仏像一具が献上され、それが葛野の太秦寺に置かれたという記録がある。そのため、従来は俗称を「泣き弥勒」とよぶ稚拙な宝髻弥勒像が朝鮮渡来のものであって、その後、日本で彫刻技術が上達し円熟したためにあの柔和な宝冠弥勒像が生まれた、といわれていたのである。だがそれが用材の鑑定によってそれまでの説と逆になったことは、以上に述べたとおりである。いまでは宝冠弥勒は朝鮮渡来と考える人のほうが多くなってきている。
 なおここで前に触れた法隆寺の「玉虫の厨子」の昆虫学的立場からの研究の話を紹介しておこう。京都大学農学部昆虫学教室におられた山田保治氏は、昭和七年に次のような発表をされている。厨子は装飾の透し金具の下にタマムシの羽が敷きつめられているのでこの名称があるが、翅鞘の数は九千八十三枚ある。一匹から二枚の翅鞘が取れるから、タマムシの数は四千五百四十二匹ということになる。ここに使用されているものおよび正倉院御物に使われているものを含めて考えると、産地については日本産のタマムシと判断するのが妥当であろう、というのである。 一方、朝鮮慶州の金冠塚からも、馬具および付属品に玉虫の装飾をほどこしたものが出土している。しかし朝鮮にはタマムシはきわめて稀で、産出することが明らかになったのは近年のことだから、おそらく金冠塚の出土品の翅鞘も、一部は朝鮮産のものかも知れないが、かなりの部分はわが国に来た技術者が、朝鮮に持ち帰って使用したものではないかという推論である。
* (左)広隆寺・宝冠弥勒像,(右)ソウル中央博物館の金銅弥勒像。二つの弥勒像は「瓜二つ」といえるほどよく似ている。(左下)は宝冠弥勒像の水取り図(西村公朝氏)

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