v11.0
- ID:
- 32824
- 年:
- 2015
- 月日:
- 0402
- 見出し:
- 木材の価値ってのはな、要は強さだ
- 新聞名:
- 山梨日日新聞
- 元UR(アドレス):
- http://www.sannichi.co.jp/article/2015/04/02/00043262
- 写真:
- -
- 記事
-
「木材の価値ってのはな、要は強さだ。
建築の構造材に使う場合は、柱の強度が重要なんだ。
強度があれば細い柱でも家は持ち応えるので、木材の使用量も少なくて済む。
だから強い木、堅い木ほど価値が高い。
それがヒノキだ。
カラマツも強い木だけんども脂が出るし捻じれるので、大径木でないと利用価
値はない。
モミやシラベは柔らかいので構造材には向かない。
でもこのご時世だ。
今は木材なら何でも売れる。
モミやシラベは建具や内装材として十分利用価値があって需要はある。
広葉樹ではクリなんかが腐りにくいので土台材として重宝されているな。
もっとも広葉樹で最高なのはケヤキだな。
これは強度が
あるので大黒柱にちょうどいい。
そうそう、センノキも製材すればケヤキとそっくりだから、ケヤキとして売っても分かんねえ」
「それって、インチキでないだけ」
「そんなもん、製材屋が勝手にやるこんだわ。
俺たちの知ったこっちゃねえ。
俺たちはただここにある県有木を伐採して、営林区の主任さんに山土場で検知してもらって、搬出した材の石高に応じて金を貰うだけだ」
「俺たち、日給制ではないだけ?」
「俺たちは県に直接雇われていると言っても、賃金は出来高制だ。
生産した丸太の材積によって県から金が支払われるが、その金は庄屋がまとめて受け取って、そこから庄屋はピンハネして、いや必要経費を差し引いてだな、俺たちに日当として支払っているんだ。
新米さんよ、わかったけ」
「はあ、なんとなくわかりました」健人は金さえもらえれば、細かいことはどうでもよかった。
「おい、新米。
次はお前、この木を伐ってみろ」とベテランの作業員が言った。
「はい」と健人は短い返事をして斧を持ってモミの木の前に立った。
胸元の直径は四十センチメートルほどだった。
健人の受け口に入れる斧の位置は正確であった。
そして速かった。
あっという間に綺麗な三角形の角度を持った受け口が出来上がった。
健人は山側に位置を変えて鋸で追い口を伐り始めた。
追い
口と受け口はぴたりと水平に一致していた。
追い口と受け口を平行にするのは簡単なようで意外と難しい。
健人はこれを難なくこなしてしまった。
モミの木は追い口にくさびを入れるまでもなく、ゆっくりと倒れた。
その倒れ方で、つるの作り方が的確だったことが分かる。
ベテラン作業員たちは声を失って健人の伐倒
作業を見守っていた。
「おい、新米。
お前、今まで何をしてきた?」作業員のひとりが訊いた。
健人はにやりと笑って答えた。
「炭焼きです」
伐倒の実力を認められた健人は、賃金面ではすぐに伐採手として一人前の待遇を受けた。
伐採作業は毎日早朝から日が暮れるまで続いた。
伐採小屋の夜の灯りは石油ランプしかなく、飲料水も小屋から四百メートル離れた山の斜面からの湧水をホースで引いていた。
風呂もドラム缶にひとりずつ交代で
浸かるだけの粗末なもので、文明社会とはかけ離れた生活であった。
しかし自分たちの仕事が日本の高度経済成長に貢献しているのかと思うと、やりがいもあった。
妻帯者は二週間に一度は下山して家族の元へ帰ったが、健人は、親父しかいない家へ帰っても大して面白くもなかったので、二ヶ月以上伐採小
屋に籠り下山することはなかった。
里にいるより山奥の伐採小屋で生活する方がかえって快適であった。
特に飯炊き娘の作る晩飯は旨かった。
晩飯は米と味噌汁、塩辛、佃煮、福神漬などの質素なものだったが、人が作ってくれた飯は旨い。
特にじゃがいもの入った味噌汁は美味しかった
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