v11.0
- ID:
- 32068
- 年:
- 2014
- 月日:
- 1219
- 見出し:
- 形状で見分け付かぬ「箸と籌木」
- 新聞名:
- 産経ニュース
- 元UR(アドレス):
- http://www.sankei.com/region/news/141219/rgn1412190066-n1.html
- 写真:
- 【写真】
- 記事
-
□西南学院大名誉教授・高倉洋彰氏
考古学の資料には、完全な形のものでも、何が目的なのか、どう使っていたのか、わからないことがある。
こうした例は「物差し状木製品」のように、「○○状」とされることが多い
それは考古学研究者の不明を示すからと、若気の至りで「○○状」撲滅運動と称して、固有の名称を極めようと努力したことがある。
例えば「箸(はし)状木製品」という名称で展示されている木製の棒がある。
これを見る人は何と理解するだろうか。
形状からまさに箸そのもの、あるいは箸に似ているが箸でない用途不明の製品ということになろう。
箸状木製品は中世の資料によく用いられる。
箸と断定できないのはそれが食事に使われたことが証明できないからだ。
では箸でなければ何なのだろうか…
実は中世には、箸と同じ形の代表的な道具に、籌木(ちゅうぎ)がある。
籌木はクソベラとも呼ばれ、紙の貴重な時代に現在のトイレットペーパーのように、肛門の周りにくっついた大便の後始末、つまり糞を削り取るために用いられた。
箸が食べ物を口に運ぶのに対し、籌木はその残滓(ざんし)が尻から出ていくのを処理する道具だから、雲泥の差がある。
それを箸状木製品として一括(ひとくく)りにするのはいかがなものであろうかと思う。
だが、食器や食べ物とともに出土すれば箸、トイレの遺構から出土すれば籌木と区別できるが、そうでなければどちらかわからない
太宰府市の推定金光寺跡で6棟の建物を検出し、そのうちの3棟から箸状木製品が集中して出土したことがある。
ことに「SB一六一〇」とした建物では北東隅の土坑と南西隅の石組溜枡(ためます)から多数出土した。
土坑の例は土師器(はじき)の杯や皿、漆塗りの容器、方形の木製曲げ物などの食膳
具に伴って多数出土しているから、これは箸と断定できる。
この例があったことから箸状木製品ではなく箸として報告している。
だが一辺1・2メートルほどの方形の石組み溜枡は、井戸にしては浅く、先の土坑と対称的な建物の東南隅にあることもあって、トイレの可能性がある。
ここから出土した箸状木製品は籌木かもしれない。
このほか推定金光寺跡からは、排水用
の石組みの溝からも多数の箸状木製品が出土する。
現在でもそうだが、箸は繰り返し使うから、各家庭にそれほど多くの箸はない。
しかしトイレットペーパーは繰り返し使われない。
籌木も同じように繰り返し使わないのであれば、膨大な量になっただろう。
つまり、このとき検出した箸状木製品には箸と籌木の両方があったが、形態からは区別できなかったから箸として報告したことになる。
籌木までも箸としているとすれば、それは誤報になる。
20年ほど前、中国の山深い遺跡を訪れたさいに、クソベラの置かれたトイレを見たことがある。
あまりの臭さに写真撮影を忘れたことが悔やまれる
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