ID : 9392
公開日 : 2008年 11月18日
タイトル
シロアリの強力な木質分解能を支える腸内共生機構を解明
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新聞名
日本経済新聞
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元URL.
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=205206&lindID=4
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元urltop:
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写真:
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シロアリの強力な木質分解能を支える驚異の腸内共生機構を解明
- イエシロアリの原生生物と細菌による多重共生メカニズムが明らかに -
◇ポイント◇
●イエシロアリ腸内共生原生生物の細胞内共生細菌のゲノムを完全解読
●腸内細菌群集の7割を占める共生細菌が、空気中の窒素を吸収して栄養分を供給
●木質バイオマス資源利用・害虫防除など応用研究への基盤構築に貢献
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、木材の世界的大害虫であるイエシロアリの腸内原生生物の細胞内に共生する細菌のゲノムの完全解読に、世界で初めて成功しました。理研基幹研究所(玉尾皓平所長
)環境分子分解科学研究チーム/前田バイオ工学研究室の本郷裕一協力研究員、大熊盛也副主任研究員と、理研ゲノム科学総合研究センター(現・生命情報基盤研究部門)ゲノム基盤施設シーケンス技術チームの豊田
敦上級研究員(現・国立遺伝学研究所・特任准教授)、服部正平客員主管研究員(東京大学教授)、システム基本情報解析研究チーム(現・基幹研究所メタシステム研究チーム)のVineet K. Sharma(ヴィニート・シャル
マ)リサーチアソシエイトらの研究グループによる成果です。
イエシロアリは、日本・中国・米国など世界各地における木造建築物の大害虫であり、深刻な経済被害をもたらしています。一方、シロアリの強力な木質分解能力は、人の食料と競合しないセルロースなどの原料からの
次世代バイオ燃料開発への応用という観点から、現在世界中の注目を集めています。ところが、その能力をもたらしている腸内共生微生物の大部分が培養に成功していないため、共生メカニズムの詳細は不明でした。
研究では、チームが以前に確立した、培養不能細菌種からのゲノム完全長取得法を用いて、イエシロアリの腸内でセルロース分解を担う原生生物の、その細胞の中だけに生息する細菌のゲノム配列の完全解読を行い
ました。その結果、この細菌は、原生生物が木質分解した産物の一部をエネルギー源にして空気中の窒素を吸収し、さらに、原生生物の窒素老廃物を分解して、窒素供給源としてリサイクルしていることがわかりました。
シロアリの餌である木材には窒素分がほとんど含まれていません。それを、腸内細菌群集の7割を占めるこの共生細菌が、空気中から窒素を吸収して必須アミノ酸やビタミンを合成し、さらに窒素老廃物をリサイクルする
ことにより、イエシロアリと原生生物は窒素欠乏に陥ることなく、驚異的な木材分解力と増殖力を発揮していると考えられます。
今回、イエシロアリの増殖に必須と考えられる共生細菌のゲノム配列を完全解読したことにより、新たな木質バイオマス利用法や害虫防除法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、米科学雑誌『Science』(11月14日号)に掲載されます。
1.背景
イエシロアリは、日本・中国・米国をはじめ世界各地で木材の大害虫として知られ、日本で年間数100億円、米国でも年間約1,000億円の損害を与えています。その破壊的な木質分解能力は、腸内に共生する微生物
群(図1)の力によるものです。しかし、それら微生物の大部分は、いまだに培養することができないため、強固で栄養源が偏った木質だけを餌とすることを可能にした、シロアリと微生物群、微生物種(原生生物や細菌)
間の詳細な共生メカニズムというのは、ほとんどわかっていませんでした。
研究チームは、イエシロアリ腸内で木材消化に最も重要な役割を果たすと考えられている原生生物種の、その細胞の中だけに生息する細菌のゲノム配列完全解読を行いました。この細菌種は、イエシロアリ腸内の総細
菌数の約7割をも占めており、宿主のシロアリ、原生生物と共に進化してきたことがわかっています。したがって、シロアリと原生生物にとって極めて重要な役割を果たしていると予想されますが、その機能はほとんど未
知でした。この細菌のゲノム解析を通じて、イエシロアリにおける、シロアリ・原生生物・細菌の多重共生メカニズムを解明することを目指しました。
2.研究手法
解析対象の細菌は、バクテロイデス門バクテロイデス目(※1)に属する培養不能種CfPt1-2で、シロアリ腸内に共生している培養できない原生生物Pseudotrichonympha grassii(シュードトリコニンファ・グラッシ
イ)の細胞内にのみ生息しています(図2)。この細菌や原生生物が培養できない以上、解析にはできるだけ多くの宿主原生生物を集めて共生細菌を回収したいところですが、そうすると同じCfPt1-2種でも複数の系統
が混在してしまい、ゲノム配列を結合することができません。そこで、腸内微生物群集から原生生物を1細胞だけ分離し、その細胞膜を界面活性剤で壊して、中に含まれる同一系統と予想される共生細菌だけを数千個回
収しました。
回収した細菌は、計算上では合計約10 pg(ピコグラム:10のマイナス12乗グラム)のゲノムDNAを含むことになりますが、ゲノム解析にはその10万倍の1 μg(マイクログラム:10のマイナス6乗グラム)以上の
量が必要です。そこで、ファージ(細菌寄生性ウイルス)由来のPhi29 DNA合成酵素を用いて、等温全ゲノム増幅(※2)を行い、100万倍の量(10 μg以上)のDNAを調製して、塩基配列を解析しました。これは、研
究チームが確立し、以前、ヤマトシロアリ腸内の原生生物Trichonympha agilis(トリコニンファ・アギリス)の細胞内共生細菌Rs-D17(※3)のゲノム解析に用いた手法です(4月1日理研プレス発表)。また、配列上の
遺伝子とその機能の予測には、iMetaSys(※4)という、理研が開発したプログラムを用いました。
3.研究成果
塩基配列解析の結果、CfPt1-2細菌の、ほとんど変異を含まない単一の環状染色体配列(1.1メガ塩基:10の6乗塩基、758個のタンパク質遺伝子をコード)を再構築することに成功しました。そのゲノムサイズは、
ほかのバクテロイデス目細菌のゲノムサイズ2.3~6.3メガ塩基と比較するとかなり小さく、原生生物細胞内環境に適応するために不要あるいは有害な機能遺伝子を消失させ、ゲノムを縮小させる進化の過程にあるこ
とが推測できます。Rs-D17細菌も、ゲノムサイズが1.1メガ塩基(761個のタンパク質遺伝子をコード)と小さく、同様の進化過程をたどっていると考えられます。
実際、CfPt1-2細菌とRs-D17細菌のゲノム配列から推測された機能には、それらがまったく異なる細菌系統であるにもかかわらず、多くの共通点がありました。いずれの細菌も細胞壁、防御系、膜間輸送系が退化し
ている一方で、アミノ酸合成系とビタミン合成系は豊富に存在していました。シロアリは窒素分が非常に乏しい枯死材のみを餌としているため、シロアリも原生生物も、自身で合成できない窒素化合物を餌から摂取するこ
とができません。それをRs-D17細菌の場合、原生生物自身が合成すると考えられるグルタミンを変換して、15種類のアミノ酸とさまざまなビタミン類を合成し、シロアリや原生生物に供給していると考えられています。
今回のゲノム解析で、CfPt1-2細菌は19種類ものアミノ酸といくつかのビタミン類を合成できることが明らかとなり、Rs-D17細菌と同様の役割を果たしていることが示唆されました。
さらに、CfPt1-2細菌のゲノムから、Rs-D17細菌にはない、極めて重要な機能を発見しました。CfPt1-2細菌は、空気中の窒素を吸収して、アミノ酸やビタミンの原材料となるアンモニアを合成する能力を持つこと
がわかったのです。また、原生生物の最終窒素老廃物と考えられている尿素とアンモニアを取り込み、尿素もアンモニアに分解して、窒素栄養源としてリサイクルしていることも明らかにしました。CfPt1-2細菌は、この
ようにして得たアンモニアからグルタミンを合成し、さまざまなアミノ酸やビタミンに変換していることがわかりました。
こうした窒素固定・リサイクル・化合物合成に必要なエネルギー源は、原生生物が細胞内に取り込んだ木片(セルロースとヘミセルロース)を分解した産物であるブドウ糖、キシロース、ウロン酸と、最終代謝産物であ
る水素の一部です。つまり、シロアリは木を食べるだけで、これらの微生物共同体の働きにより、木質の分解による炭素源・エネルギー源の獲得と、空気中からの必要な窒素分の獲得を同時に行なっていることになります
(図3)。CfPt1-2細菌は、1つの原生生物細胞内に10万個、イエシロアリの腸内細菌総数の7割をも占めるほど大量に存在しているため、その窒素供給源としての威力の大きさは明白です。
イエシロアリは、時に100万以上の個体からなる巨大なコロニーを形成し、周囲の木材を食べ尽くしてしまいます。通常ですと、乏しい窒素源がその増殖力を抑えるわけですが、この原生生物とCfPt1-2細菌からなる
大量の「スーパー共生体」が、木質分解で得られるエネルギーの一部で空気中の窒素を吸収・同化して、止まることのない、強力な繁殖力をイエシロアリにもたらしていることがわかりました。
4.今後の期待
研究チームが確立した培養不能微生物のゲノム解析手法により、Rs-D17細菌に続いてCfPt1-2細菌のように、シロアリ腸内共生系で重要な鍵となる働きをしていながら、培養できないために、これまでまったく機能
が未知であった微生物の役割を解明することができました。今後も、この画期的な手法によって、さらに多様なシロアリ腸内共生微生物のゲノムを解読することが可能であり、今後さらに詳細なシロアリ腸内共生メカニズ
ムの解明が進むはずです。それによって、いかに複雑で巧妙な共生関係が生物の営みを支えているかを、私たちは詳細に知ることができるでしょう。また、得られる情報によって、人の食料と競合しない木質からのバイ
オ燃料開発や、新しい害虫駆除法の開発などにつながることが期待できます。
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