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欧米の生態学者たちを招いて森林の保全を考えるシンポジウムが先月末、札幌で開かれた。研究者たちは、英国や米国が森林伐採で犯した過去の誤りを教訓にしてきた歴史などを述べたが、事前に視察した
大雪山国立公園での森林伐採現場に衝撃を受け、生態系への大きな影響と復元の難しさを一様に指摘した。わが国の取り組みの遅れを、改めて考えさせられた。
1.森林伐採の誤りを教訓にした欧米
欧米の生態学者らを招いた国際シンポジウム「救おう!森のいのち 考えよう!森の未来」(主催:日本森林生態系保護ネットワーク)が6月28日、札幌市内で開催された。
講演者らによるパネルディスカッション
講演したのは、マイケル・ハッチングス氏(英国サセックス大学教授)、デニス・ヴィッガム氏(アメリカ、スミソニアン環境研究センター副センター長)、チャールズ・ウィルキンソン氏(アメリカ、コロラド大学ロースクール
教授)ら海外の3人の研究者と、中静 透氏(東北大学生命科学研究科教授)、河野昭一氏(京都大学名誉教授)の5人。
また、「森からの報告」の
タイトル
で沖縄と北海道の伐採問題の報告や講演者らによるパネルディスカッションが行われ、森林の保全問題をめぐって盛りだくさんの話題が提供された。
海外の3人の研究者らはシンポジウムに先立ち、大雪山国立公園で風倒木処理として行われた大規模な天然林の伐採現場を視察していたために、この皆伐については随所で話題にし、大きな関心が寄せられた。
以下に講演・報告の要旨と皆伐問題についての意見を紹介する。
英国諸島の森林植生と森林地帯の保護・保全 マイケル・ハッチングス氏
氷河の影響を大きく受けたイギリス諸島では、氷河が消失したあとに徐々に森林が回復してきた。しかし、伐採により多くの森林が失われ、残された森林でも人間による利用や管理が長年にわたって続けられてきたた
めに、森林の構造が原型をとどめないまでに変わってしまった。
生態学者は森林生態系が二酸化炭素の固定、大気や水の浄化、洪水の防止、木材の供給、薬用、精神的効果、地域経済への貢献など、さまざまな効用をもたすことを指摘してきた。森林のもたらす経済効果と破壊によ
る損失を考えなければならない。
皆伐については、種子の供給源がなくなる、次世代の若い木がなくなる、植栽された木はうまく育たないという問題がある。また、再生はきわめて困難なうえに斜面の崩壊の原因になる。
北アメリカ大陸の天然林-その現状と森林保護をめぐって デニス・ウィッガム氏
世界の森林は原生林と人為的影響を受けた森林に大別されるが、原生林は限られる。原生林は、林冠が不ぞろいで枯死木や倒木があり、林床の地形も複雑である。また安定した生態系をもち、生物多様性に富んでい
る。開発行為や伐採によって天然林が撹乱されると、外来種が入りこんだり土着種が絶滅の危機に追い込まれ、元にもどすのは困難だ。
北米の多くの地域では広大な天然林が失われてしまったが、さまざまな立場の人の努力によって保護のための体制が築かれてきた。過去の教訓から事の重大性を学び、生物多様性を取り戻すために、いろいろな形で保
護を考えていかなければならないし、教育にも力を入れなければならない。
アメリカの国立公園、国有林における持続可能な森林管理のための法制度 チャールズ・ウィルキンソン氏
アメリカでは国有林、国立公園は連邦政府が管理している。アメリカは過去に大きな間違いを犯したが、大きな前進もした。70年代から始まった環境保全の法制度には生態学の理論が適用され、国有林の伐採を減少さ
せていった。
国有林管理法は、伐採や林道建設などによって森林や沢の荒廃を防ぐことを大きな目的とし、生物多様性の維持も求めている。絶滅危機種法によって、森林管理局は指定種を脅かしたり、生息地の改変が禁止され、森
林伐採の大きな歯止めになっている。国内環境政策法は、環境に大きな影響を与える行為に対して環境影響評価を義務付けている。
他にも原生自然地域法やロードレスエリア(林道の建設をしない区域)、国立公園制度(国立公園では伐採は禁止)などによって、森林の保護が図られている。アメリカは過去に多くの自然破壊を行ってきたが、森林の持
続性を重視して法に適用してきた。
2.大雪山国立公園の伐採現場に衝撃
森林管理履歴からさぐる生物多様性 中静 透氏
日本の森林は大きく針広混交林、温帯落葉広葉樹林、ブナ林の3タイプに分けられるが、そのタイプによって構成樹種や撹乱(風倒、山火事など)の形態が異なっている。生物多様性保全や森林の管理にあたっては、
このような特徴を考慮しなければならない。
日本の森林は、ここ100年の間に大きく変化し、スギの人工林が増加していった。また、人間が定期的に手入れを続けてきた里山は、害虫の天敵や受粉に役立つ昆虫を育み、人々に生態系サービスを提供してきたが、
里山の減少は生物多様性や生態系サービスに大きな変化をもたらしている。
日本の天然林-その価値と保護・保全の実態 河野昭一氏
世界の森林、とりわけ先進国の森林で、酸性降下物による同じような森林の異変が起こっている。日本では、丹沢、大台ケ原などで起きている。アメリカでもトウヒの立ち枯れのほか、アメリカブナの葉に障害が出てい
る。酸性降下物はタンニンの合成を阻害させるため、光合成能力の低下や葉量の減少を引き起こし、それによって食害が増加したり、材質がもろくなる。
また、下北半島のヒバ林、秋田のスギ、北海道・渡島半島のブナ林や十勝地方の国有林など、各地で伐採によって生物多様性が破壊されている。日本の森林は第3紀に由来し、氷河期を生き抜いてきた生物多様性に富
む森林である。このような状況を踏まえて、森林をどうしていくか真剣に考えていかなければならない。
いのち輝く やんばるの森 平良克之氏
沖縄の「やんばる」に原始の森はほとんどないが、固有種など希少な生物が多数生息している亜熱帯照葉樹林である。その森に林道を張り巡らせて天然林を皆伐し、チップにしている。林道建設と伐採により生物多様
性が喪失し、森林の乾燥化が進んでいる。赤土が海に流れ出し、サンゴが死んでいる。伐採や植林には補助金が支出されており、補助金のための林業ともいえる。
神々の遊ぶ庭 大雪の森 寺島一男氏
大雪山の広大な高山帯は多様な環境、特有の生物層をもち、アイヌの人たちは「神々の遊ぶ庭」と呼んだ。大雪山国立公園の9割は森林に覆われているが、ほぼ自由に伐採ができる区域が6割もある。とりわけ、幌加
やタウシュベツで行われた皆伐は生態系を大きく破壊して復元を困難にさせた。管理体制の一元化や法の改正など抜本的な見直しが望まれる。
アイヌモシリを森の国に 市川守弘氏
日本では森林を保全するための法制度が、きわめて貧弱である。原生自然環境保全地域はあまりにも少なく、面積も狭い。アメリカでは国立公園での伐採は原則禁止されている。しかし、北海道・上ノ国町のブナ林の伐
採では刑事告発し、えりもの道有林の皆伐とやんばるの林道建設は、住民訴訟によって事業がストップしている。
森林の持続性の維持のために、国立公園や国有天然林での伐採禁止、生態系の保全を中心とした法制度の確立を目指すことが必要だ。
パネルディスカッションでの議論
講演者によるパネルディスカッションでは、大雪山国立公園での皆伐が話題になった。海外のゲストの意見を紹介しよう。
マイケル・ハッチングス氏は、「大雪山の2箇所の皆伐現場を見て、大変驚きショックを受けた、保護対象となるべきところであり、信じがたいことだ。再生できないのではないかという印象を受けた。誰にでも理解でき
るような対応が必要」と述べた。
また、デニス・ヴィッガム氏は、「皆伐には驚きを禁じえない。とりわけ、斜面下部の水系の破壊に驚いた。持続的に利用すべきところを皆伐すると、今後の管理は非常に困難になるだろう」と、水系を含む生態系の破壊
を懸念した。
さらに、チャールズ・ウィルキンソン氏も、「アメリカでも以前は皆伐がかなりあったが、国立公園は伐採が禁止されている。今回(見た北海道で)の伐採は考えさせられた」と語った。
海外の研究者らは、生態系を保全すべき国立公園の中で皆伐が行われ、周辺の生態系にまで影響を与えていることに大きなショックを受けた様子だった。また、復元が極めて困難であろうということが共通の認識であ
った。
イギリスでもアメリカでも、伐採による森林生態系の破壊を反省し、保護や復元に力を注いでいることが示されたが、いまだに反省せずに破壊を続けている、わが国がいかに遅れているか、あらためて考えさせられた
。海外の研究や取り組みを知ることができ、学ぶべきことの多いシンポジウムであった。
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