私の所属している研究所は、今から5年前の国立大学の法人化に合わせて、ともに京都大学にあった木質科学研究所と宙空電波科学研究センターとが統合してできたものです。われわれの木質科学研究所は文字通りの木材に関連する組織ですが、相手側は宇宙や大気中の電波科学に関する研究者集団でした。発足当時は、研究領域もまったく異なることから、「木に竹を接ぐことはあっても、木に空を接ぐのは。。。」という揶揄も聞こえたものの、その後の活動はきわめて順調に推移しているように感じています。
もちろん、われわれは農学部系、相手側は工学部の電気や理学部の地球物理学出身者が大半で、いわば「昆虫少年」と「電波少年」とが机を並べたという雰囲気です。当初は研究の対象だけでなく発想の仕方や解析の方法においても随分異なっていて、別の人種のような感じをもっていましたが、一つ屋根で暮らすと何とやらで今では良い相手と結婚したと思っています。おかげで、月探査衛星のかぐやのホットな情報をうかがったり、宇宙空間に漂うデブリス(古い衛星の破片などのゴミ)との衝突事故について気を揉んだりと、テレビや新聞での話が今では「仕事」として接するようになってきました。
かって電波少年であった同僚らの研究テーマに、人工衛星上で太陽光発電を行い、それを地上に伝送して将来のエネルギー供給をやろう、というものがあります。宇宙での太陽光発電は効率の上で大変すぐれているのは素人の私でも理解できますが、課題はいかに電力を地表に送って生活に使えるエネルギーに変換するところにあるということです。その有効な方策として考えられているのが、電波のひとつであるマイク波を利用するもので、地表にアンテナと整流器を組み合わせたレクテナを設置し、宇宙から送られてくる電波を受けて電力に変換しようというものです。
このマイクロ波は、テレビのUHFに使用されている極超短波から遠赤外線までの間、周波数ではギガヘルツ(波長ではセンチメートルからミリの十分の一)領域のものを総称しています。マイクロ波はテレビ、ラジオや携帯電話に用いられていますが、よくお世話になっているのは「チンしたら」の電子レンジでしょう。レンジの中にいれた物が周囲から発信されたマイクロ波を吸収して振動し、その時の摩擦で電波のエネルギーが熱に変換される仕組みになっています。特に誘電率の高い水(一般の物質の中でも高いとされる陶磁器に比べても約10倍)は、マイクロ波を吸収して温度が上がりやすい傾向をもっていることから、料理の効率的な加熱方法ということになります。しかし、携帯電話のマイクロ波が体を通過しても熱くなったりすることがないのは、波長と強さ(電力)が異なるためです。
われわれに関した仕事でも、水を含んだ木材を電子レンジの中で加熱し、熱いうちに力をかけると簡単に曲げたり、押し潰したりすることができます。また最近では、木材からバイオエタノールをつくるにはまず糖類を取り出す必要があるのですが、その前処理法としてマイクロ波加熱法を利用する取り組みも行なわれています。
一方、マイクロ波は直進性にすぐれていることから、位置決めや速度測定に用いるレーダ技術として広く使われています。航空レーダや速度違反検知レーダでは、飛行機や自動車に対してマイクロ波を発し、反射してくる波を捉えています。土中の異物(たとえば地雷)を検出する探知機も同様な原理です。もし木材中に腐れや空洞があると反射波の高さや反射波が帰ってくるまでの時間が変化することから、内部欠陥の検出法として利用できます。シロアリの検出にもマイクロ波は有効で、最近の研究では波長の短いミリ波を木材に照射すると、シロアリがいるかどうかで反射波の挙動が異なることが明らかになっています。
しろあり対策協会も木材保存協会も住宅の長寿命化を活動の目標としていますが、そのための色々な方策の中でも劣化診断は重要な課題であり、昆虫少年と電波少年の連携は大変有力な武器になってきています。