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今村祐嗣のコラム

木材の保存処理の現状と課題

1.木材保存剤の動向

  高耐久性樹種と称される耐朽性・耐蟻性の高い木材は、一般的に森林での蓄積量が少ないうえ再生産が難しいことが多く、一方、持続的な資源利用という視点から重要な造林樹種では腐れやすく虫害を受けるものが多いのが実情である。それらに耐久性を付与するために、防腐・防蟻の効力を持つ保存薬剤による処理が行われている。薬剤を用いる保存処理においては、 劣化を防ぐことによる利点と健康や環境への危険性のバランスシートにのっていることはいうまでもない。 とくに保存処理された木材が、 デッキや遊具あるいはウォーターフロントの部材など屋外の景観材料や土木資材としても用いられる場合では、長期間にわたる効力の信頼性とともに、環境や安全性への配慮がとくに求められ、”信頼性の高い性能”と”環境にやさしい”保存処理が従来にも増して模索されてきている。
木材保存剤としては、無色、無臭、低毒で長期間安定である、木材に容易に、かつ多量に浸透する、処理木材は色に変化を与えず、寸法変化がない、処理木材は高湿度でも特に吸湿しない、溶脱しない、金属腐食性がない、安価である、などの条項を満たすものが要望されるが、実際は種類によってそれぞれの特色がある。木材の保存処理薬剤としては、製造時、使用時、廃棄時のいずれの段階においても、より安全で環境への負荷の少ないものを用いることが大切であることはいうまでもない。
木材内部まで薬剤を浸透させる注入処理には、かってはCCAが世界的に広く用いられてきた。CCA薬剤は、銅、ヒ素、クロムを成分とする水溶性の防腐・防蟻剤で、いったん木材に処理されると薬剤成分が固着することや広範な効き目もあって、1960年代から世界的に使用が拡大され、わが国においても製材品の加圧注入処理の主流となった。しかし、製造工場での汚染防止の課題、処理木材の廃棄、とくに焼却時における環境汚染の問題などのため、CCAはわが国においてはJIS規格からも削除され、世界的にもその使用は限定されたものになっている。
現在、注入処理用の防腐・防蟻薬剤は、水溶性薬剤ではCCAに代わりヒ素やクロムを含まない防腐・防蟻剤、すなわち無機系の銅に有機系薬剤である4級アンモニウム塩やアゾール系薬剤などの有機化合物を加えたもの、あるいは油性薬剤としてはナフテン酸亜鉛やナフテン酸銅のようなものに移行してきている。クレオソートについても毒性の高い留分を除いたものに改良されている。(【改正JIS K1570「木材保存剤」、【改正】JISK1571「木材保存剤-性能基準及びその試験方法」は近々告示される予定。)
また、わが国の主要なシロアリであるイエシロアリとヤマトシロアリは地下生息性の種類であるため、その防除には薬剤を床下土壌に散布することによって、住宅内へのシロアリの侵入を防ぐという方法がとられてきた。以前は、有機リン系の薬剤が中心であったが、より安全性や環境負荷の低減が考慮されて、最近はピレスロイド系、非エステルピレスロイド系、ネオニコチノイド系、フェニルピラゾール系の化合物などが用いられている。製剤方法についても、薬剤をマイクロカプセルで包む方法や砂に含ませて粒剤にする方法等が工夫され、また、施工方法とも関連して、薬剤を混入した塗料で基礎の這い上がりを防いだり、薬剤を混入したシートを床下に敷く方法なども開発されている。

2.ノンコンベンショナルな保存処理
2.1 樹脂の含浸処理木材
最近は、WPCというと木粉と熱可塑性プラスチックを混合して、押し出しや射出により成型した木粉・プラスチック複合体を指すことが一般的になってきたが、以前はスチレンやメタクリレートというビニル系モノマー類を木材中に導入した後、放射線照射や開始剤と熱により重合・硬化させて複合化させた材料を指していた。これら旧来のWPCの方は木材中にプラスチックを含浸、硬化させてあるため、耐摩耗性、硬さ、圧縮強さなどが著しく向上し、木目を際立たせるなどの化粧効果もある。しかし、一般的には水分に対する寸法変化や腐朽菌やシロアリという木材を劣化させる生物に対しては抵抗性をもたない。これは、プラスチックが木材の細胞空間にしか存在せず、細胞の壁の中に存在しないためである。
一方、フェノール樹脂を注入硬化した木材やLVLは、低分子量の樹脂を用いて木材細胞壁と複合化させたところに特徴があり、耐久性の向上を目的としている。フェノール樹脂を注入して固めたインプレグ、あるいは注入してさらに圧縮したコンプレグと称される製品は強化木材として、ドアの把手やスポーツ用具などに製造されてきた歴史があり、そういった視点からはけっして斬新な技術ではない。しかし、保存処理材料としての樹脂処理木材は、エクステリアとしての用途を想定して、耐腐朽性や耐シロアリ性をもつ耐久性材料としての展開をねらったものである。
フェノール樹脂を含浸処理では、注入する樹脂の分子量を小さくすると、木材細胞の壁中に安定な形で樹脂を沈着させることができ、硬さだけでなく寸法安定性や耐腐朽・耐シロアリ性も向上する。重合前の遊離フェノールの毒性は高いが、木材中で硬化させた場合は安全な3次元構造体をつくる。したがって、木材の細胞壁の中にいかに効率よく含浸させるかがこの手法のポイントになる。樹脂の分子量が約500のところが細胞の壁の中に浸透するか、 それとも細胞の内腔面でトラップされるかの境界で、 それより大きな分子量の樹脂はいくら注入しても、寸法の安定性はもちろん耐腐朽性などには何ら効果は得られない。したがって、接着剤に用いる樹脂ではそういった機能性を付与することはできない。


2.2 化学的な改質処理
木材の細胞壁の非晶部分に数多く存在する活性な水酸基を安定化させると、水分子がくっつく余地が無くなって吸水や吸湿による寸法変化が抑えられ、また、腐朽菌の攻撃に対しても抵抗性を持つのではないか、これが木材の分子構造を合目的に改質させて性能を向上させる化学修飾のベースとなった考え方である。
これら化学修飾木材の代表例は、木材を無水酢酸と高温で反応させるアセチル化処理で、安全で環境にやさしい材料として注目され、 高い耐朽性が得られることや、耐水性、寸法安定性が付与されていることから、複合的な高機能を生かしての用途展開が期待されていた。しかし、わが国では樹脂含浸と複合したアセチル化WPCなどの限定された用途にとどまっている状況にある。この理由の最大のものは、反応副産物の除去の問題、反応と乾燥工程のエネルギーコストの高さにあるが、最近ヨーロッパでは再び市場での広がりを見せている。
一方、化学改質による耐腐朽性や耐シロアリ性の付与機構に関する研究面では、様々な興味ある事実や考察を引き出している。アセチル化処理木材はどの腐朽菌に対してもほぼアセチル化率が20%を越えると、劣化による質量減少が認められなくなる。しかし、シロアリに対する抵抗性は加害するシロアリの種類によって異なり、ヤマトシロアリはほとんど食害しないが、イエシロアリは無処理木材に比べると少ないものの、これを食害する。しかし、アセチル化木材だけを食餌とした場合は、イエシロアリといえども日を経るにしたがい死亡する。特に興味深いのは、スターベーション(食餌を与えない)の場合と同様な生存個体の減少傾向を示すことである。
イエシロアリの腸内には3種類の原生動物が共生しており、セルロースの分解にはこれらの原生動物が関与しているといわれている。しかし、スターベーションの場合もアセチル化木材を食害した場合も、腸内に原生動物が全く認められない状態になった。シロアリは当初アセチル化木材を食餌として錯覚して食害するが、原生動物がこれを分解代謝できないため、原生動物の消失→食物補給の遮断→餓死へと至るのであろう。


2.3 マイルドあるいはファジーな処理
木材は環境に調和した材料であることから、”処理によって本来の特質が損なわない”、”過多のエネルギーを消費しない”、 ”過剰なコストアップにつながらない”、 ”リサイクルや廃棄に際して環境に大きな負荷を与えない”、 等のことが大切になっている。この点から、よりマイルドな処理や天然物との組み合わせも注目されている。例えば、建材にヒバ油などの樹木から採集した精油を含ませて抗菌性や抗ダニ性を与えたり、木炭の製造過程で得られる木酢液を木材に含浸して防腐・防虫性を付与する処理である。
ヒバ油の主要成分はヒノキチオール、すなわちβーツヤプリシンと称されるものである。この成分は揮発性のテルペンの中でも特に抗菌性が高く、ヒノキそのものには存在しないが、アスナロ、タイヒ、ネズコなどに含まれている。シロアリに対しても忌避する効果があり、ヒバ材の高い耐蟻性の原因となっている。また、アレルギー疾患の原因になるといわれている住居内に生息するヒョウヒダニやコナダニ、人を刺すツメダニに対しても行動や繁殖を抑制する効果がある。そこで、ヒノキチオールなどの精油成分を、床材などに含浸あるいは塗布する処理が行われている。しかし、一般的にこれらの成分は揮発性であるため持続的な効力は乏しく、定期的に再処理する必要がある。
一方、木炭をつくる時に発生する煙りを冷却、凝縮すると木酢液が得られる。主成分は酢酸に代表される酸類であるが、アルコール類、フェノール類、アルデヒドやエステルなどの中性物質など約200種類以上の化合物が含まれている。木酢液は食品加工用の燻液、土壌改良剤、植物活性剤、消臭剤、除草剤など広い用途で最近関心が高いが、また、微生物を抑制する効果をもっている。この木酢液を製材品に含浸処理すると防腐、防かび、防虫などの性能が得られる。が、課題は水で溶け出しやすいということで、エクステリア分野で使用する際には溶出しない工夫が必要である。
天然物を利用する処理で留意しなければならないのは、得られた性能が現在の尺度での評価基準には適合しないことが多いということである。例えば、木酢液の場合では、含まれる成分の種類が多く、原料や炭化方法あるいは保存状態によってもその組成は変化しやすい。また、効果に関してもプラスにはたらくものとマイナスの効果をもつ成分が同時に含まれおり、漢方薬的なファジーさを含んでいる。
これらの処理については、古よりの丸太表面の焼き処理などと共通するものがある。焼きスギの丸太が園芸用の支柱に用いられることも多いが、炭化層は安定であるにしても、その内部は熱による分解作用を受けて、むしろ腐りやすい状態になっている。このようなものでは、性能が十分に発揮できる最適な用途と、メンテナンスを含むソフト面の裏付けがあってはじめて成り立つと思われる。

2.4 熱などの物理的処理
熱処理木材とはその言葉の意味するとおり、温度や雰囲気など処理条件は色々あるにしても、要するに加熱処理した木材のことである。木材を100~200度、場合によってはそれ以上の温度で処理した製品で、応力や狂いが除去されていることや、寸法安定性や耐久性、あるいは耐候性が向上していることがセールスポイントとなっている。ヨーロッパでは種々の用途へ利用展開され、特に200度以上の高温処理したものがデッキやサイジングなどエクステリアウッドとして販路を拡大している。
従来、熱処理木材の耐久性、すなわち耐腐朽性や耐シロアリ性など生物劣化に対してはかなり懐疑的な見方が強かった。というのは、熱による木材成分の分解によって強度低下が引き起こされるのはもちろん、心材成分やヘミセルロースの変性・分解によってむしろ抵抗性が低下することが懸念されたことによる。
しかし、処理工程における木材中の水分の有無や周囲の条件、あるいは加熱温度によって得られる物性は大きく異なるものの、防腐性能については200℃以上ではかなり向上するという結果が得られている。また、シロアリ、特に攻撃力の激しいイエシロアリに対しては食害を抑制することは困難であるにしても、分解代謝系に影響を与えているようで、このあたりの挙動については、まさにアセチル化処理のような化学修飾木材に共通する点が多々みられる。木材の熱処理については決して新しい技術というわけではなく、50年以上前から基本的な物性挙動について検討されてきたが、最近の低環境負荷材料への関心の高まりとも相まって、実用的な材料として展開するに至ったとも考えられる。


3.薬剤の注入処理

 木材を薬液中にそのまま浸けても、あるいは表面から塗布しても、薬剤の浸透は表面部分に限定される。処理液を木材内部に行き渡らせるためには、通常、缶の中での減圧・加圧注入法が用いられる。
しかし、木材では辺材への注入性は良好であるが、心材へは液体が入りにくいのが一般的である。現在、建築部材等に使用されている樹種で、一般的な減圧・加圧注入処理によって十分な薬剤浸透性が得られるのは、ラジアータパインとサザンイエローパインの仲間だけであるといっても過言ではない。また、木口からの浸透に比べて側面からの薬剤の浸透性は極端に低い。このため、防腐木材においては、薬剤そのものの効力ではなく、浸透性や注入性が悪いことによって、期待される耐久性が発揮されない場面がしばしばみられる。あるいは、本来は浸透性が良好な辺材部位であっても、乾燥が不十分な状態で注入処理工程に廻した結果、材中の水分が阻害要因となって薬剤の浸透が損なわれる事象も観察される。
このため、注入性を向上させる前処理技術が検討されてきた。従来から行われている刃物によるインサイジングは、材表面に傷をつけることによって人工的な微小木口面を数多くつくり、一定深さまでの浸透性を確実にしようとするもので、きわめて実用的な手法である。しかし、従来型のインサイジング方法は、比較的簡便で安価である反面、木材表面にかなり明瞭な刺傷の跡がつくだけでなく、強度低下も生じる。このため新しい刺傷方式の開発が試みられ、針式インサイジングや炭酸ガスレーザを利用したインサイジングも検討されており、それに適した木材表面での刺傷パターンも工夫されてきた。
ところで浸透性を改良することを目的に、従来から様々な方法が提案されてきた。これらは大別すると、生物的処理、化学的処理、物理的処理に整理できる。生物的処理はバクテリアや菌類を利用する方法、酵素処理などが該当するが、いずれも効率性の問題点だけでなく心材には効果を得ることが難しいという課題を抱えている。また、化学的な処理方法として、オゾンなどを使用して木材細胞中の沈着物質を除去する手法等が考案されているが、薬剤の安全性だけでなく木材そのものの劣化や均一な処理の困難さが実用化を阻んでいる。
物理的方法としては、以前から蒸煮処理が浸透性の向上に有効であると指摘され単板などに適用された経緯があるが、これは沈着物質の除去などによって浸透経路が確保されることによるものであろう。また、加熱水蒸気による短時間の加熱の後、瞬間的に大気圧に戻し、その際の圧力差で浸透経路となる木材細胞の壁孔を破壊しようという低圧爆砕法も検討されてきた。
われわれが検討してきた横圧縮法は、低圧爆砕法と同様に物理的な力で木材中に浸透経路をつくろうとするもので、従来のインサイジングが木材の表面層に人工的な木口切断面を多数つくることとすれば、この手法のねらいは木材内部に液体の通路となる微小クラックを人工的に創り出すことといえる。横圧縮を負荷すると木材細胞壁の壁孔(ピット)の周辺が特異的に破壊される。壁孔周辺ではセルロース・ミクロフィブリルが特異な配向をしていることから、変形によってこの部分に限定されたクラックが生じると考えられる。
一方、単板やパーティクル、あるいはファイバーという小さなエレメントを積層する木質材料では、特異的な処理法を導入することが可能である。その一つは、原料エレメントの処理であろう。パーティクルボードなどでは、エレメントの寸法が小さいため木材中へ薬剤を十分含ませることは容易で、接着性能や他のボード物性に悪い影響を与えなければ高い効果が期待できる。しかし、工程の煩雑さやエネルギーコストのアップは否めない。
接着剤中に薬剤を混入し、接着時にエレメントの方へ移行することを期待する接着剤混入法は、実際の製造ラインに導入しやすい方法で、エネルギーや工程時間に何ら負担を強いることはない。しかしこの場合も、薬剤と接着剤の混和性、熱圧時と堆積時の揮散と分解の防止、など注意すべき点もある。合板では、接着剤混入法による防腐・防虫処理が実用化され使用環境に対応した薬剤量の設定も行われてきているが、その他のボードについても今後技術の確立を進めていくべきであろう。接着剤混入法による防腐・防蟻処理パーティクルボードでは、 熱圧時における薬剤のチップへの移行がスムーズで、かつ、接着層自体に薬剤が存在することが、腐朽菌糸が接着層に侵入してくるのを防ぎ、その耐久性を向上させる点でうまく機能する可能性も考えられる。


(2010年6月5日 日本材料学会木質材料部門委員会講演)

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