はじめに
企業、研究機関、大学の若手技術者の方にお集まり頂き、保存技術の今後の展望や保存協会(以後、協会と略させて頂きます)のなすべき活動内容について適切な提言を頂戴しました。私なりにそれらを集約し、今後の活動の方向を考えてみたいと思います。
社会へのPRの必要性
「木材保存の業界では上手に宣伝できておらず、消費者になかなか認知されていません。業界に関わる人間ならばある程度認知しておりますが、消費者まで声が届いていないのです。」といった意見は、まったくもっともだと思います。保存処理材料は、いつまでも半製品といったイメージが強く、かつ製品の選択に末端ユーザーの意思が反映される機会が少ないこともあってPRにそれほど熱心でなかったと思います。これは保存処理材料だけでなく、木材あるいは木質建材そのものに共通する課題だと思います。
しかし、それらはわれわれが生活する中で直接的に接する材料であり、かつ木材のもつアメニティ性を考慮しますと、もっと消費者に訴える必要があるのではないでしょうか。特に保存処理材料については、処理することに伴う負荷についての説明責任と正しい理解を促すことが今こそ求められています。協会も会誌やホームページ等を通しての広報活動を進めていますが、3年前からは各地に出向いて、地域材の利用拡大と木材保存に関する講習会を行ってきました。これは行政関係者、設計コンサルタント、技術担当者の方をターゲットにしたものでありましたが、大勢の方にご参加頂いて、啓蒙普及の効果を上げてきました。今後は、エンドユーザーである消費者に顔を向けた広報活動にも積極的に取り組みたいと思っていますが、その手段や方法については企画運営委員会で検討をお願いしているところです。
「木材のメリットを最大限にアピールし、同時に木材保存の重要性と必要性を理解してもらい木材保存が市民権を得るような広報活動を、」というご指摘もありました。地球の温暖化防止の観点から、それぞれの製品や材料の製造に際してのCO2排出量を表示する動きや、木材の搬送過程におけるCO2排出量を示すウッドマイレージの運動、また、木材中に固定されている炭素量を計算してラベリングしてはどうかといった考え方も出てきているようです。木材保存によってライフスパンは延伸されCO2の放出も防げるわけですので、固定炭素量の表示と連携させた放出抑制の期間延長効果といったものを主張できないものかと思っています。
多様化への対応
「従来の重保存処理に代わる、気軽に採用でき、気軽に交換でき、いつまでも長く付き合える身近な保存処理木材になり、木の暖かみで彩られた美しい街並みが育って欲しいと期待しています。」というコメントがありました。
実際のところ、住宅や構造物の耐久性向上に関しまして、多種多様な手段が検討され、提案されてきている状況にあります。従来、協会が行っている認定事業の対象は保存剤で処理されたものに限定されていましたが、薬剤処理以外の高耐久性材料についても認定対象に取り上げて欲しいという要望も出てきました。このような社会的ニーズに応えるため、協会では、保存剤で処理されていないものであっても高い耐久性能備えているものについては、これを認定対象とすることにしました。しかしながら、これは保存材料の耐久性を損なうものであってはならず、一方で、より高い信頼性を担保することがわれわれの責務だと思っています。
「使用区分による明確な試験方法の策定を行い、消費者に分かりやすくしていただきたいと思います。その上で、高品質で安全な商品を消費者に提供したい。」という提案はその通りです。多様な保存処理材料や方法については、それぞれの用途に応じた適切な評価方法や基準の策定が重要であることはいうまでもありません。ISO/TC165(木質構造)の木材保存分科会では、使用場所の劣化環境を分類しようというユースクラスの検討が進められ、ほぼ各国の合意形成ができました。すなわち、木材の用途を、接地か非接地か、暴露状態か外界から保護されているかという使用状況によって分類し、これに腐朽や虫害の劣化因子を兼ね合わせたクラス分けです。ISO の今後の動きは現段階では明確ではありませんが、劣化の等級区分の考え方は、使用環境からの要求度に対し信頼性の高い材料を提供するという目的以外に、適材を適所に用いることによって環境に対しても負荷を少なくするという効果も有していると思います。住宅部材の適切な保存処理についても、今後この観点からの取り組みが進んでいくものと思っています。
保存技術の開発の方向
「造林育種でもって耐朽性の高い木材が育てられないか、」という提案がありました。イペ、ジャラ、ボンゴシ等の素材耐朽性の高い樹種が特に外構材として用いられていますが、こういった樹種のほとんどが熱帯の天然林から伐採されるものであり、しかも生育には100年以上の長期間を要します。そこで、強度的性質や耐朽性・薬剤処理性といった材質を要件とした樹木育種ができないか、という発想になったと思います。確かに、バイオテクノロジーの進展によって、熱帯地域を中心とした早生樹種の造林に注目が集まっていますが、将来的には早生で、しかも強くて腐りにくい木材の産出が可能になるかも分りません。
しかし、現状の造林樹種ではむしろ耐朽・耐蟻性の低いものが多く、それらに耐久性を付与するために保存薬剤による処理が行われてきました。かっては毒性の高い薬剤が使用された歴史がありますが、現在使用されているものは環境や人畜への安全性が十分考慮されています。しかし、今後とも安全、安心な薬剤開発は、木材保存における重要なテーマであります。特に屋外で使用する材料においては、長期間にわたって土壌や雨水に接することが多いため性能への信頼性とともに、人体が直接処理木材に接触する頻度も高いことから環境や安全性への配慮が強く求められています。
「メンテナンスを必要としない薬剤や処理方法」「人体に影響の少ない薬剤」「外観を損なわない保存薬剤」「臭気の無い薬剤」「VOCや土壌汚染の無い薬剤」は、今後とも保存剤開発の方向であり、また、「薬剤を使わない保存処理方法」も前項で述べましたが多様な手段の一つとして考えておくべきでしょう。薬剤開発に限らないことですが、「他分野で用いられている新しい技術を木材保存の分野に取り込んで、新しく、珍しい技術も発信する」こともぜひ取り組んで頂きたいと思います。
「木材保存といえば現状では生物劣化が主流ですが、大きく環境劣化と読み替えて、耐候性はもちろん耐光性等も木材保存領域の主役になり、領域拡大の一翼を担って欲しい。」という要望がありました。もちろん、本来の木材の防腐・防虫等の保存技術以外に、新たな領域の例としては木材の変退色防止、屋外塗装技術なども協会が対象とする一つの分野を形成しつつあります。住宅や木質構造物の維持管理、さらには難燃・防火性などの機能化技術も積極的に手がけていきたいと思っています。一方で、生物的な力を借りたバイオマスの変換技術や安全廃棄方法などの開発も、われわれの専門分野とリンクしていると日頃から考えています。
<
日本発の技術を
というユニークな指摘もありました。残念なことですが、保存薬剤にしても処理方法にしても、その多くは外国で考案、開発されたものです。「厳しい気候条件にもまれて育った日本独自の、言い換えれば、純国産の木材保存処理薬剤や保存処理技術が開発され、世界で使われるようになる国産技術の登場」により世界で最先端の保存技術の国に、というご意見にまったく同感です。「低分子量のフェノール樹脂処理木材の成功は、広い意味での有機系、天然物系指向の一つので、かつ腐朽する際の重要な因子となる“割れ”を防止する点で、新しい考え方である。今後made in Japanの製法・製品として期待される。」というのも同じ視点からのご意見だと思います。
「樹種毎に可溶性多糖成分の同定を行って特異的な酵素の開発し、前処理によって薬剤浸透性を上げる。」、あるいは、「現場において早期の腐朽菌同定を行い、地域によって異なる木材腐朽菌の分布をデータベース化する。」という大学における基礎研究を保存業界に役立てたいという考えも披露されていました。
協会への要望
「試験方法が統一されていないために、薬剤効力や耐用年数データの信頼性が失われていることが浮き彫りになっている。」という注文もありました。木材保存に関する試験方法では、長期間の効力予測が重要な目標であり、また、腐朽菌やシロアリといった生物が劣化因子であるため、劣化の発生と進行をシミュレーションすることが容易ではありません。しかし、英知を集めてより科学的で信頼される試験方法の策定に向けて努力すべきでしょう。JISやJAS、あるいは協会の試験規格や基準作りには、社会からの要望に応えられるよう、研究機関はもちろん業界や行政の方との連携を密にして機動的に対応していきたいと考えています。
また、最初に掲げた木材保存のPRにつきましても、協会が先頭に立って、消費者の注意を引くように、簡単に、分かりやすく説明していくことが大切だと思います。“木材の利用=森林破壊、さらに、木材の保存処理=有害物質の発生”、といった短絡的な間違った解釈を地道に直していく役目を果たす必要があります。安心して生活できる住空間をつくり上げる上で、木材保存がいかに重要性であるかを社会に、一般の方々に訴えていきたいと思います。木材保存は一般の人には何か良く分からないもの、というイメージから脱却し、顔の見える親しみやすい木材保存となることを願っています。
おわりに
「これからの木材保存が、夢のある、かっこいい木材保存となって様々な領域で拡大・活躍することを期待している。」というコメントは、まさにわれわれの最大の希望です。これからの業界、学界を支えていく皆さんの活躍に一層の期待を寄せたいと思います。ただ、保存処理の前提として、「木材の活用があってこそのものであるので, 今後も, 様々な形で, 広く木材が利用されていってほしいと思う次第である。」という指摘を大切にしなければなりません。
幸い、当協会はエコマテリアル性を備えた木質資源を長く使って地球環境を保全するという錦の御旗があります。また、生物材料の生物による劣化を制御するという、魅力的な学問・技術分野を包含しています。これほど心強いものはありません。自信をもって、ご一緒に活動を展開していきましょう。
((社)日本木材保存協会会長時 木材保存、34巻、91-93ページ、2008)