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鳥は木を択べども木は鳥を択ばず
とりは きをえらべども きは とりを えらばず
鳥はどの木に止まろうか、と選ぶことができるが、木の方では動くことができず、ど
の鳥を止まらそうとすることはできない。
つまり、人には居住地を選択する自由はあ
るが、地には居住する人を選択する自由はない。
そのように、臣には君を選ぶ自由
はあるが、君には臣を選ぶ自由がないということ。
これは孔子が孔文子のもとを去る時のことばである。
この諺は、人間の行動や関係性において、一方の側が選択権や支配権を持ち、他方の側がそれに従うことを表現しています。鳥は自分に適した木を選び、巣を作ることができますが、木は自らに適した鳥を選ぶことができないため、支配される側と支配する側の関係を示しています。
類語として、鳥に木を択ぶの性あり魚に潭を選ぶの情有り。
利用例
・人生において、選択の自由があることもあれば、自由を持たないこともある。鳥は木を択べども木は鳥を択ばずということわざがあるように、人生において、自由を持たないこともある。。
・彼は自分の都合で他人を選び、都合が悪くなるとすぐに彼らを捨てる傾向がある。彼の行動はまさに「鳥は木を択べども木は鳥を択ばず」だ。
(He tends to choose others according to his own convenience and discard them when it becomes inconvenient. His behavior is exactly like "鳥は木を択べども木は鳥を択ばず".)
最近のAI辞書やChat文書生成では誤った意味・解釈となっているので注意が必要です、下記は誤った例です。