寅 五月一日
右の通広島於国泰寺長防名代の
ものへ御申渡
公辺御役人向 五ツ時揃長防人は四ツ時揃
ニて御裁許御申渡の趣別条奉
畏候
慶応二年寅五月五日
毛利興丸
今般先祖の旧功を被思召其方へ家督
被下置候上は如前々長州萩へ居城大
繕膳長門も同所へ差置毛利左京毛利
淡路毛利讃岐吉川監物は万事相
委家政向一新領内鎮撫父祖の旧
功を補候様心懸第一可被抽忠勤候