モクセイ科。学名: Olea europaea。地中海沿岸または西アジア原産とされ、紀元前300年頃にはすでに栽培されていたと言われています。地中海地方で広く栽培される常緑の果樹です。ギリシャには2000年の古木もあると言われ、エジプトでは紀元前から栽培されています。日本では瀬戸内海周辺で小規模に栽培されています。高さ3~10mの小高木で、直径30cm~1mとかなりの差があります。葉は短柄で対生し、細長い楕円形で、裏面に細毛が密生して銀白色になります。5月下旬から6月上旬にかけて、短い円錐花序を出し、芳香のある黄白色の小花を多数つけます。
果実は11月下旬から12月にかけて黒紫色に熟し、オリーブ油を採ることができます。また、食用、サラダ油、化粧品、石鹸、薬として斬膏の原料としたり、栄養、緩下薬としても用いられます。現在の世界三大産地はスペイン、イタリア、ギリシャです。用途も多岐にわたるため、品種数も500以上あるとされていますが、多くはアフリカ各地で栽培されています。イースト・アフリカン・オリーブ(Olea welwitschii)はケニヤやタンザニアで重要な木材として利用されています。ヨーロッパのオリーブは一般的に小さく、樹形も不揃いです。アフリカのオリーブも樹高25mに達することがありますが、やはり樹形の不揃いなものが多いです。
日本への渡来は、1761年刊の料理書に、長崎の崇福寺(そうふくじ)でオリーブが結実したという記述があり、これが最初ではないかと言われています。明治41年に香川県小豆島で、昭和17年には岡山県牛窓町で栽培が始まり、日本の二大オリーブ産地となりました。香川県の県花、県木にもなっています。
旧約聖書「創世記」にも登場し、ノアの箱船から放たれたハトがオリーブの若葉をくわえて帰ってきて、陸地があることがわかり、希望が湧いたことから平和のシンボルとされています。日本での植栽としての手入れポイントとしては、剪定には耐えるので、実の収穫を考えなければ刈り込んでスタンダード作りもできます。枝が柔らかいため、強風や降雪によって枝折れを起こしやすいことがあります。病虫害はあまり見られません。
木材としては、木理は精緻で材面は美しいです。比重は0.85で、散孔材に分類されます。心材にはマーブル模様の柄があり、木取りの方法によって雰囲気が大きく異なります。基本的には板目方向に木取ると、模様が美しく現れます。乾燥は遅く、割れたり裂けたりすることがあるため、ゆっくり時間をかけて行う必要があります。果肉に多くの油分を含み、材にも油分が多く、加工の際に手がべたつくことがあります。強度は高く、重たく肌目が精緻なため、耐摩耗性が良好です。製材はかなり難しいですが、手加工と機械加工の両方に向いています。仕上がり面は非常に滑らかで、着色および最終的な仕上げにも適しています。耐朽性もかなり高いとされています。
ヨーロッパのオリーブは、寺院の扉や柱などに使用されました。現在でも、埋もれた木を発掘し、その材を使って家具や旅行者向けのクラフト品、彫刻品として活用されています。アフリカのオリーブも同様に彫刻品として利用されていますが、材面の美しさと優れた耐摩耗性のために床板にも使用されています。
聖書にもよく登場します。樹種ではぶどうが391箇所、杉が70箇所、イチジクが67箇所に次いで61箇所で記述されています。一部次に掲載します。
申命記24章20節では、あなたがオリーブの実を打ち落とすときは、後になってまた枝を打ってはならないと記されています。これは、在留異国人や孤児、未亡人のためにも実を残すべきであることを示唆しています。
士師記9章8節には、木々が自分たちの王を立てて油をそそごうと出かけ、オリーブの木に王となってほしいと頼んだというエピソードが描かれています。
ヨブ記15章33節では、彼はぶどうの木のように、その未熟の実は振り落とされ、オリーブの木のように、その花は落とされると述べられています。
イザヤ書17章6節では、オリーブを打ち落とす際のように、取り残された実がその中に残されると表現されています。少数の実がこずえに残り、より多くの実が実りのある枝に残る光景が描かれています。
ヤコブ3章12節では、「いちじくの木がオリーブの実をならせたり、ぶどうの木がいちじくの実をならせたりするようなことは、できることでしょうか。塩水が甘い水を出すこともできないことです。」という言葉が述べられています。この比喩的な表現は、異なる種類の実を同時に生むことの難しさを表しています。
これらの聖書の箇所を通じて、オリーブは希望、平和、収穫、豊かさなどの象徴として位置づけられており、その重要な役割が示されています。
詳細な内容に関しては、「聖書と木」をご覧いただくことをおすすめします。