v11.0
- ID:
- 42564
- 年:
- 2018
- 月日:
- 0905
- 見出し:
- 米アップルに椅子を大量納入 マルニ木工の山中武社長(語る ひと・まち・産業)
- 新聞名:
- 日本経済新聞
- 元UR(アドレス):
- https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34952610U8A900C1MLF000/
- 写真:
- 【写真】
- 記事
-
創業90年の家具メーカー、マルニ木工(広島市)。
米アップルの新本社「アップル・パーク」(カリフォルニア州)向けに数千脚の椅子を生産、納品した。
ブランド名は「HIROSHIMA」。
山中武社長(48)は本社と工場のある湯来町を「世界中の木工を志す人が一度は行きたいと思う場所にしたい」と話す
やまなか・たけし 1970年広島県生まれ。
95年米ウィスコンシン大学ミルウォーキー校経営学修士(MBA)修了、96年三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)入行。
01年マルニ(現・マルニ木工)、08年から現職
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やまなか・たけし 1970年広島県生まれ。
95年米ウィスコンシン大学ミルウォーキー校経営学修士(MBA)修了、96年三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)入行。
01年マルニ(現・マルニ木工)、08年から現職
「HIROSHIMAが生まれたのは工業デザイナーで多摩美術大学の教授、深澤直人氏との出会いがきっかけです。
家具は実用的で消費者に長く愛用してもらえること、量産可能なことの両方が求められます。
そこでモノ造りへの造詣が深い深澤氏に協力して頂くことになりました。
目標は100年先も定番品として
愛され、作り続けられる家具を開発、生産すること。
完成した椅子は肌触りの良さが特徴です。
木が持つ本来の色を失わず、アームチェアはアームの木目を左右対称にそろえるといった細部にもこだわりました」
18年のミラノサローネにもマルニ木工は出品した(写真左から2番目が山中社長)
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18年のミラノサローネにもマルニ木工は出品した(写真左から2番目が山中社長)
「ブランド名も深澤氏の発案です。
広島で生まれ育った私には『ヒロシマ』は悲しくて重い言葉のように感じられましたが、深澤氏は『HIROSHIMA』こそ世界では一度聞いたら忘れない、平和の証しであるという認識があると教えてもらいました。
広島の家具メーカーが世界で知られた存在になることを目指すという
意味も込めました。
2009年のイタリアで開かれた世界最大の家具見本市『ミラノサローネ』で初めて披露し、その後に米アップルの新本社への納品が決まったことは、当社の大きな励みになりました」
■祖父の兄にあたる武夫氏が廿日市市で1928年に「昭和曲木工場」を創業。
木を自在に曲げる高い技術があった。
91年から徐々に湯来町に工場を移し、後に本社も移転した。
「01年に当社に入ったころは、不動産の売却や社員の退職勧奨など苦しい時期を経験しました。
生き残るためには、創業時から連綿と続いた木の加工技術と感性で勝負することだと感じました。
07年に本社を全面移転し、開発、生産、営業、調達など各部門の社員が全員一丸となったことで、どん底を切り抜
けられたのではないかと思います」
■創業100周年を迎える10年後は、湯来町を家具が好きな人が世界中から訪れる場所にしたいという熱い思いがある。
「建築家やデザイナーが一度は訪れる場所として有名なのがスイスの家具メーカー、ヴィトラです。
ヴィトラキャンパスと呼ばれる敷地内には安藤忠雄氏など有名な建築家の建物がいくつも並んでいます。
デンマークの家具メーカー、ピーピーモブラーの工場も家具の生産現場を知るために世界から多く
訪れています」
「湯来町もこうした建築家やデザイナー、木工の職人など家具にかかわる人が集う場所になれるはず。
兼業農家の社員もいますから、収穫した野菜や果物をその場で出すカフェがあっても良いのではないでしょうか。
緑豊かな場所に囲まれ、古い空き家をリノベーションして暮らすといった価値観も時代に合っ
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