ID : 10121
公開日 : 2009年 1月 5日
タイトル
空師、千年杉を伐る
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新聞名
JanJan
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元URL.
http://www.news.janjan.jp/area/0901/0901044703/1.php
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元urltop:
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写真:
複数の写真が掲載されていました】
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空師は高木にチェーンソーを持って登り、空に近い上部から木を伐っていく。木を横倒しにすることなくクレーンで吊り出すので、宅地や寺社仏閣の狭い土地にある巨木の伐採を得意とする。そうしたなか、一関
市室根町(旧室根村)にある竜雲寺というお寺から、難所の巨木を上手く伐る職人ということで、はるか埼玉県の熊さんに声がかかった。
杉は樹高40m・右がイチョウ/撮影すべて:吉川達夫
昨年11月初旬のある日、空師(※)の熊さんこと熊倉さんからひさびさに電話があった。
「今度、岩手ですっごい木を伐るんですよ。写真撮っておきますから後で見てくださいよ」
大仕事の前の期待と不安が入り混じった、いつになく興奮ぎみの熊さんであった。山寺にある大きな杉の木を伐採するのだという。
(※空師:人と樹木の共生を支える、知られざる職人・空師(そらし)2005/11/16)
空師は高木にチェーンソーを持って登り、空に近い上部から木を伐っていく。木を横倒しにすることなくクレーンで吊り出すので、宅地や寺社仏閣の狭い土地にある巨木の伐採を得意とする。墓地の真ん中にあるという
巨木の伐採は、まさに熊さんの本領発揮といったところだろうと思った。
しかし、私が「すっごい木」のすごさの本当の意味を理解したのは、それから1ヵ月後、帰ってきた熊さんから話を聞いたときだった。想像以上にたいへんな難事業だったのである。
枝の曲がりが激しい。
地元のシンボルだった千年杉
現場は岩手県の最南部、宮城県気仙沼市から西へ13kmほど行ったところ、一関市室根町(旧室根村)にある竜雲寺というお寺。墓所の真ん中で幹周り9.5m(地上1.5mで計測)・樹高約40mの杉の老木と、並んで生え
ている幹周り7m・樹高約30mのイチョウを伐採するという仕事であった。
とくに杉の木は地元で千年杉、大杉などと呼ばれ親しまれていたそうだが、なにしろ寺の開山より古く、記録がないので確たる樹齢はわからない。一説に1200年とも1500年とも言われるが、熊さんの見立てでは樹齢
800年以上であることは間違いないという。
杉とイチョウの大きな枝は嵐のたびに落下し、たびたび墓石を傷つけていたが、一昨年の9月に台風9号が来襲した際、20個以上の墓石を破損した。被害総額が2000万円以上にも上り、伐採が懸案となった。お寺の
住職は、村の大事なシンボルなのでなんとか保存できないかと各所に相談を持ちかけたが、結局いろんな事情で伐らざるを得ないことになったという。
熊さん、生涯いちばんの大仕事
難所の巨木を上手く伐る職人ということで、はるか埼玉県の熊さんに声がかかったらしい。11月24日、熊倉林業4名、13トンのクレーン車2台とオペレーター2名、材木屋さん2名の総勢8名が埼玉を発ち遠路岩手へ乗
り込んだ。木が立っているのは墓所の斜面で道がない。そこで彼らの到着前に、現地では地元の建設業者が作業通路を敷設して待っていた。
この千年杉はかなり樹形が複雑であった。クセのある枝が多く、クレーンで吊るすロープをかける位置をちょっと間違えると、伐った途端に枝が中空で跳ね上がって危険なのである。枝といっても数百kg、幹になると5
、6tはあるので当たればひとたまりもない。伐採には細心の注意を要し、作業は困難を極めた。当初、10日ほどで完了と見込んでいた予定は遅れ、一行が作業を終えて帰着したのは2週間後の12月9日だった。
伐採というが伐って捨て去るわけではない。伐り出した木は製材して売るので、できるだけ大きく美しく伐り出したほうがよい。幹周り9.5mの千年杉は、直径がおよそ3mである。チェーンソーの最も長い刃でも1.2m
なので半径に及ばない。木口を平らに伐る難しさは想像がつく。
「今まで伐ったなかで最大、超ド級の大変さでしたよ。これほどの木を伐ることはもうないでしょうけどね」
35歳だからまだ大きな木を伐ることはありそうに思うが、帰ってきた熊さんはかなり疲れたようすだった。緊張と疲労が毎日積み重なるうえに、2週間も同じ仕事仲間と民宿の相部屋で過ごせば気の休まることはない。
「終わったらフヌケですわ。燃え尽き症候群ってんでしょうかね」
ともかく、事故も怪我人も出なかったことが何よりであった。
地上10mでの胴伐り・次の写真に続く。
巨木と向き合い“いのち”を思う
熊さんと出会ってから3年程が経つ。何度か伐採の現場にも同行して仕事を見せてもらっているが、今回の伐採譚は、空師という仕事を初めて知ったときの驚きと不思議な感覚を思い起こさせた。
熊さんの兄弟子は伐採の作業中、跳ね上がった木が当たって死んでしまった。作業の実際を見たことのない私は、そんなことがあるんだろうかと想像すらできなかったのだが、千年杉の伐採は、まさにそんなことがあっ
てもおかしくない現場だったのだ。
熊さんは木を深く見る。伐採のためには、腐食がどこにあるか、硬さ・樹形がどうなっているか、節ふしがどこにあるかなどを細かく見極めなければいけない。そうして木を見ていくと木の成育歴が読めてくる。あたかも
人間のように、木にもそれぞれ個性がある。銘木と呼ばれる美しい木材・板材は、そのことを読める職人たちの技の連係によって生まれる。
頑丈に見えても千年杉のなかは腐食が進んでいた。雷に打たれた痕があったり穴があったり、長い年月の間にはいろんなことがあったようだ。熊さんは村の人たちも知らない木の物語を読んでいた。老木の看取り役で
あると同時に新たな材木としての木の産婆役でもある。木に対して「今までおつかれさま」という思いが自然に湧いてくる。
伐採の期間中、毎日多くの人が訪れ、遠巻きに作業を見守っていた。熊さんはチェーンソーをブンブン鳴らして、背中に人々の視線をビシビシ感じながら木の上で木のことを考え続けていた。連日の作業のたいへんさ
がおのずと伝わったのか、地上に降りると住職をはじめ村の人たちが温かく接してくれたことが何より嬉しかった。
熊さんは、このとき木の幹の中から出てきた小さな石ころを今も大事に持っている。チェーンソーは刃先に石があると作業ができないが、運悪く木の中の石に当たってしまった。なんとか棒やバールをこじ入れて石を取
り出した。じつにやっかいな代物だったが、見れば人の手におさまる大きさだ。数百年前、誰かが空に向けて投じた石が幹の間に挟まれ、いつしか包くるまれていったのだろう。たいへんだった作業の思い出に取っておく
ことにした。
* * *
伐採された千年杉とイチョウは、10tや15tのトラックで何回もかけて埼玉県まで運ばれた。製材されてどんな材に生まれ変わるのだろう、ぜひ見届けたいと思う。
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