小型集材扱が誕生してまもないころ、丹波大江山の一角を伐出したときのことである。
架線を架設するには勾配がなく、ふつうであれば木馬以外に搬出の方法がない、そんなところを集材機2台の応用で動力連結式架線を架設して運材したことである。
距離は短縮され作業量も木馬の何十分の一ですんだ。
このように集材橡は幅広く応用できた。
その後、小型集材機は林業の主役としてあった。
技術は伐出作業をなにもかも新しく塗り替えてきた。
そして今後もそうあるだろう。
悲しいかな、古来の伝統的伐出手法はそのために消え去ろうとしている。
伝統の灯を消 すことなく記録にとどめて未来に伝えられることを念験してやまない。