本物の森
・読売新聞 2006/10/2
現在、国際生態学センター研究所長の宮脇氏は、1970年には、企業向けの講演会で「今はもうかっていても、このままではみなさんの命も危ない。鎮守の森にならって木を植えるべきです。」と熱弁をふるってきていた。高度経済成長の負の遺産として、大気汚染が深刻化した1960年後半、当時横浜国立大の助教授であった宮脇氏のもとには植生調査や緑地保全研究の依頼が企業からされるようになっていた。しかしほとんどの企業の緑化は一時しのぎであり、本物の森つくりに真正面から取り組むにはならなかった。そんな時に新日本製鉄の環境管理室長から電話があり、互いが職と研究者生命をかけて取り組む、製造現場の周囲を覆い地域住民に豊かな環境を提供する本物の森つくりをしようとなった。「本物の森」の概念はドイツで学んだ「潜在自然植生」である。これは人からの影響を完全に止めた時に、その土地に最終的に生い茂る植生のこしとである。日本では鎮守の森、古い屋敷林が潜在自然植生を保存するタイムカプセルの役割を担っていたのである。新日鉄大分製鉄所が「本物の森」一号である。潜在自然植生の手法はその土壌や繁茂する植物などから、その土地の潜在自然植生を突き止めることから開始され、種子から育てた複数の種類の苗を、おえて不規則に密植する。草取りなどは初めの3年間だけであり、異なる樹種が競争、共存しながら森をつくっていくのである。また潜在自然植生の主木は根が真直ぐ伸びるため、台風や地震にも倒れにくく、火災にも強いことがわかってきた。防災機能をもつのである。「環境を守ることは、命を守ること。木を植えることは、人の心に木を植えることでもある。」この思いは広く共感をよび、ボルネオ、アマゾン、中国などでも森つくりが広がり、国内外の約1500箇所で「本物の森」つくりを目指した植林がおこなわれている。