太古の森
・日本経済新聞 2005/10/26
太古の昔、本州以南の多くはツバやシイ、タブといった常緑の照葉樹林に覆われていたという。この原生林が今も広域にわたって残るのが鹿児島県の大隅半島。「ここの照葉樹林は世界の貴重な遺産」と、大野照好鹿児島短大名誉教授は話す。半島全体が照葉樹林帯で、天然記念物に指定されている岩尾掛岳周辺や保護地域を含め千四百ヘクタール余りの面積で、県森林公社が整備、管理する「照葉樹の森」はその一部である。森では年に数回「森の探勝会」が開催され、管理事務所の上之段作郞所長などが同行、案内してくれる。森に入るとまず、ヒメシャラの大きな倒木をくぐる。自然のままを残そうとしているので、整備された登山道といったものはなく、小川が流れる沢づたいにコケの生えた意思を足場に進む。空き缶一つ、ゴミ一つ落ちていない森が気持ちいい。頭の上をアカガシ、イスノキ、ヤマグルマ、カクレミノなどが覆っている。サザンカもこんなに大きくなるのかと思うほどである。その間から日の光が降り注ぐ、明るくはないが暗い陰湿な森ではない。濃い緑の葉、黒々とした幹、落ち葉や腐葉土、岩や石に生えるコケ類、足元を流れる小川はたくましさ、豊かさを感じさせる。大雨が降っても樹木や落ち葉、火山岩が吸収するので、沢の水量はほとんど変わらず濁ることもない。流れにはオオダイガハラサンショウウオが棲む。森林インストラクターの牧山祐子さんが「この間も三匹いました」というよどみでは、メダカに足が付いたようなサンショウウオの子供を一匹見つけた。