桜前線異状あり
・朝日新聞 2005/3/5
桜前線といえば、九州や四国の南岸に上陸して、東北方向へ駆け上がり、少し速度を落としながら北海道へ到達するというイメージがある。しかし、これは40年前の桜前線であり、最近5年は全く異なる。東日本は等期日線が南へ1本ずれただけで、基本的な形は変わらないが、西南日本は形そのものが崩れている。九州北部、四国西部、関東南部で早く咲き、この3極から広がる形である。九州や伊豆諸島では前線が北から南へ進む傾向も目立ってきている。気象庁応用気象観測係長の中村隆さんは「東北日本の開花予想が良く当たる一方で、西日本の予測は難しくなってきました」と話す。種子島では4月23日(01年)まで咲かないときもあれば、3月(04年)に開花するなど不安定である。開花の予測や観測には沖縄や北海道の一部を除き、ソメイヨシノが使われる。この桜は接ぎ木でしか増やせず、遺伝子的にはすべて同じ「クローン」である。完全に均質あるということは保証つき季節測定装置を全国に配備したようなもので、他の生物季節の項目とワンランク精度が違うことになる。桜前線の異常はこの「世界にも例のない精密機器」が温暖化で狂ってしまったということだろうか。しかし、「桜の生理を考えれば、温暖な土地で開花が遅くなることは、十分ありえる」と大阪府立大農学部青野靖之助教授は言う。気象庁が採用している開花日の予測式の基本原理を考案した生物気象学者も「南北逆転」の可能性を予言していた。桜の開花には一定の寒さの刺激が必要である。桜の花芽は夏の終わりに形成され、そのまま休眠するが、寒さの刺激を受け、休眠から目覚める(休眠打破)のである。後は暖かければ暖かいほど早く開花する。
よって、冬が暖かく、寒さの刺激が不足すれば、休眠打破が遅れ、開花も遅れるのである。実際、奄美大島でのソメイヨシノの開花は通常5月に入ってからであり、北海道南部と同じ頃になってしまい、沖縄ではソメイヨシノの植栽は無理というのが定説である。
ソメイヨシノ:桜の代名詞ともなっているソメイヨシノの起源は、意外に新しく、幕末の頃である。江戸染井村(現在の豊島区駒込一帯)の植木屋が「吉野桜」のまで売り出し、広まったとされる。本来の吉野山の桜(ヤマザクラ)と区別する必要もあり、「染井吉野」の名が与えられた。成立をめぐっては諸説があったが、オオシマザクラのめしべがエドヒガンの花粉で受粉した雑種という説が定着し,白い大輪の花を母から、葉よりも先に密生した花をつける性質を父から受け継いでいるとされる。ソメイヨシノは自分の花粉では受粉できない「自家不和合性」が強く、他の桜との雑種はできるが、ソメイヨシノ同士では実を結ばないとされ、接ぎ木で殖やされてきた。華やかな咲き方と成長の早さが好まれ、公園、遊歩道、城跡、学校、堤防などに植えられているが、古い木には枯れるものが目立ち始めている。