明治時代初期頃まで、神社の本殿などを取り囲む鎮守の森の多くが、常緑広葉樹ではなくマツやスギなどの針葉樹中心であったことが、京都精華大の小椋純一教授の調査で分かった。鎌倉の鶴岡八幡宮や島根の出雲大社などの約60の神社について植生の変化を調べ、例えば京都の八坂神社の1876年の写真ではマツが多かった。このほかの神社も広葉樹林の森が一部あったが多くは針葉樹であった。当時、日常的に低木が伐採されたり、落ち葉がかき集められていたが、明治政府が境内の森林利用を厳しく制限すると、低木が生い茂り、シイやカシなどの広葉樹に徐々に置き換わったとみられる。「高度経済成長期に多くの自然が失われるなか、『昔から手つかずだった』とい う誤解を生んだのではないか」と小椋教授は話し、「森と草原の歴史」(古今書院)を出版した。