三重県尾鷲市の三木崎原始林あたりの海岸付近では照葉樹林は魚付林として切られることなく保存されてきた。まるで岩をわしずかみにしているかのような、たくましい木を見つけた。石や樹木の切り株や倒木の上で発芽した幼木がそのまま石や樹木を抱いて成長していく姿はよく見られる。かすかな木漏れ日でも生きていけるといわれる耐陰性がある常緑樹の低木は、巨木のそばでわずかな木漏れ日に頼って息を潜め自分の世が来るのを待っている。熊野古道を歩いた人々は、平安時代以降から、幾重にも分厚い常緑樹の葉が空を覆い、暗くて見通しのきかない湿気を多く含んだ森に、畏敬の念を持ち、神々を観た。畏敬の森を追体験したく1000年以上隔てた今、熊野へ向かった。やがて、森から岩や滝、巨木などをご神体とするアミニズムといった宗教的痕跡にも興味が広がった。熊野は僻地であることで豊かな森や、原始の宗教的面影が残されてきたのだ。このようなことから、沖縄や北海道といった日本列島の僻地の森や古い宗教的痕跡に触れることは、日本の原風景に触れることでもあると考えるようになった。照葉樹林を撮ったあと、沖縄に残された最後の純度の高い原生林といったくらいに考えていた私は沖縄本島のヤンバルの森に行くことに憧れた。しかし、この森の資料を集め調べると改めてこの森の特性について教えられた。特にこの地域の生態系の進化の特異性に驚かされた。この地域は今日のような地形になるまでに、地球が寒暖を繰り返えし、海面の水位が上下に変動してきた。水没などによる生態系の盛衰が繰り返されたり、絶滅が起こりやすい特殊な環境の小さな島です。その反面、大陸から分離された生命がその孤立化した環境の中で独自の進化を遂げた。私は、熊野の照葉樹や沖縄の亜熱帯の森を見て、日本の北の森を代表する針葉樹林の 森を見たくなり取材範囲を北海道に広げた。今回、このような取材を続け、まとめた「神々の森」(東方出版)を発刊した。日本の穏やかで生き物にとって過ごしやすい気候や、山地が多く平地から3000㍍級の高山帯まである変化に飛んだ環境が、極めて多様な生き物を育ててきた。今まで私は日本の森の写真を撮ってきたが、これほど豊かな生命相が見られる国や地域は世界の中で他にないのではないでしょうか。日本のすばらしい自然環境がこれ以上傷つくことなく、未来に引き継がれることを願ってる。(著:岡田満の概略)