京都市東山区の円山公園には、樹齢83年の大きなシダレザクラがある。この春、そのシダレザクラは痛々しかった。京都市が「見栄えが悪い」という理由で大きな枯れ枝を切り落とすよう求めたからである。桜と同じ年の老桜守、造園業16代目の佐野藤右衛門さんに手当てを依頼した。佐野さんは、桜が持つ自然治癒力を信じて、最小限の手当てを施し、そっと見守った。5月に待望の新芽が芽を出し始めた。このシダレザクラは2代目。初代は1947年に樹齢200年余りで朽ち、2代目が後を継いだのであるが、この桜も15年ほど前から枝が枯れ始め、傷口の樹液に群がる虫をカラスがつついてさらに衰えたのである。佐野さんとこのシダレザクラとには切っても切れない縁が存在する。初代の桜を守り続けた先代の父が、佐野さんの誕生記念に初代の種から育てた木だからである。佐野さんは、枯れた枝に残る深い傷跡に注目した。かつて枝ぶりを美しく見せるために設置した鉄の支柱に、風で揺れた桜の枝が食い込み続けたのである。桜は、枝と根がバランスよく広がって成長する。枝が弱ると根が腐り、他の枝にも十分な養分が行き届かなくなった桜は、自らの姿を小さくする事で、新芽を育てようとした。手当てを最小限にとどめたのは、そんな「自ら生きようとする力」を引き出すためである。佐野さんは、その様子を見守ったが、昨年末、枯れた枝を見せたくないと、京都市は、枝を切り落とすように佐野さんに依頼した。佐野さんは、この依頼を受け入れた。 その後、カラスよけの釣り糸を張り巡らせ、根元の周囲にシダレザクラの苗木を5本植えた。「樹木は他の木と根っこで支え合う。一人では生きていけない。人間と同じや」。佐野さんはそう語る。 花が散った後、枝のあちこちから新芽が出て若葉を広げ始めた。シダレザクラが回復している証である。佐野さんは、幹をなでて目を細めた。「自然の営みの中で、桜は懸 命に生きている。人間も、もっと自然に生なあかん」と・・・。