日本人になじみ深い三方(さんぽう)は正月に鏡餅を供える台のことである。奈良県吉野地方は三方の全国有数産地である。三方や神具などを製造する北浦木工所の内部はヒノキの香りに満ちている。三方の胴の部分は、厚さ約6ミリのヒノキの薄板をぬれぞうきんで表面を一拭きし角柱状に収め、マチ部分を接着剤で張り合わせる。横長 の板に、あらかじめ皮1枚分、0.5ミリの厚さを残した幅約1ミリの溝が、縦方向に3筋ずつ等間隔に全部で8か所ある。これと同じ作り方でも、スギの板でつくると割れやすく、「三方は曲げに強い特性を持つヒノキを使って初めて量産できる」と北浦社長は話す。ヒノキ特有のねばり、ツヤ、香りが、三方に不可欠な3要素である。よって、ヒノキの産地である吉野地方のある奈良県が全国のシェア8割を占める。三方は一つを残し胴の3面に宝珠をかたどった穴が空いてることが名の由来であり、多くの日本人にとっては正月の小道具という印象である。この季節、北浦木工所は出荷の最盛期で、「ピークだったのは約20年前。お盆明けからフル稼働でつくり始め、日曜以外は休みもなく、従業員に夜11時まで残業で働いてもらった」と話す。しかし、昨今では、プラスチックや紙の代替品が出回り、需要が低迷している。「今では全国でも年産約15万個、市場規模は4千万~5千万ぐらい」と北浦社長は語る。金具をいっさい使用しない三方は、接着剤こそ化学製品であるが、かつては米を原料としたノリとニカワであった。ヒノキも柱材をとった材木の余りであり、天然素材かつ環境に優しいもとなっている。清貧な正月を見つめ直すのに、三方を使ってみるのはどうだろうか。